Interesting Facts

Date
12月, 05, 2020

by Adam Johnson
2015

 

癌で両胸を切除した女性と、その夫、子どもの話。
文学の教科書のうち、小説における「語り」と「視点」を学ぶチャプターにあった作品だったので、読んだ。
生きてるのか生きてないのか、どこで話しているのかに混乱しっぱなしだったという意味で、いい教材だった。
こういうのをもっとすらすら読めるようになりたい。

 

■時制のこと

何があっても大好きだと、夫と誓い合った頃のこと。
癌と診断されたときのこと。
病状に合わせて病院を移ったこと。
薬の副作用のこと。
自分が死んだあと、次の女性と関係をもつまでどれくらい待てるか、夫に尋ねたときのこと。
夫に近づいてくる女性たちに感じること。
子どもたちの成長と、母なしの未来のこと。
両親や兄弟の様子。
自分の体の衰え。
時間の感覚。

これらが主に過去形と現在形で書かれている。
第1、第2パラグラフとそれ以降で、時制の意味合いが変わる。

第1パラグラフ
イベントの帰り道、夫との会話シーンが現在形で書かれている。
イベント中に起きたこと、帰り道で昔起きたことは過去形。

第2パラグラフ
化学療法を受け始めた頃のことと、子どもの遊び場で日本から来たメグミと会ったときのことが過去形で書かれている。
夫にメグミを紹介したあと、彼らが仲良く話す様子や、メグミの来ている服、(切除手術をしていないという意味で)完全な胸の描写は現在形である。

第3パラグラフ
病院の、おそらく主人公の臨終のシーン。
基本的に過去形で書かれ、ところどころに現在形が混じる。 “I was in the hospital.” と言いながら、 “When I saw the dying woman.” ともあり、幽体離脱しているような、全体を見渡ししているような口ぶりだ。でもそれは “out-of-body experience” ではなく、 “in-the-body experience” だと言う。 “the dying woman” の体の中で起こっていることを感じる。モルヒネを打たれたところから、時間の感覚、Visionが変わり、過去・現在・未来がいっぺんに見えるようになる。死にゆく時間のことは主語を “I” にして過去形で、死んでしまった状態は “you” を主語にして現在形で書かれている(youだけど、”Your best friend, Kitty, silently appears.” と、12年前に癌で亡くなった友人の名前を出しているあたり、主人公が主人公に話しかけている)。

Maybe you’ve heard of an out-of-body experience. Well, standing in that hospital room, I had an in-the-body experience, a profound sensation that I was leaving the real world and entering that strange woman, just as her eyes lost focus and her lips went slack. Right away, I felt the morphine inside her, the way it traced everything with halos of neon-tetra light.

You know that between-pulse pause when, for a fraction of a second, your heart is stopped? You feel the resonating bass note of this nothingness. Vision is just a black vibration, and your mind has only that bottom-of-the-pool feeling when your air is spent.

第4パラグラフ以降
家で起きていることが現在形、昔の記憶は過去形で書かれている。時制の普通の使われ方。
普通と異なるのは1点、語り手の主人公が生きていないこと、幽霊だということだ。

 

■印象的な台詞

夫が子どもたちにベッドタイムストーリーを聞かせているときのこと。
その日は幽霊の話だった。
いちばん下の子が、幽霊はどうして天国に行かないのかとつぶやくシーンが胸に迫る。

The horse-child asks, “Why doesn’t the ghost warrior go to heaven, then?”

My daughter says, “Because ghosts have unfinished business. Everybody knows that.”

My son asks, “Did Mom leave unfinished business?”

My husband tells them, “A mom’s work is never done.”

A health issue can be hard on a family. And it breaks my heart to hear them talk like I no longer exist. If I’m so dead, where’s my grave, why isn’t there an urn full of ashes on the mantel? No, this is just a sign I’ve drifted too far from my family, that I need to pull my act together. If I want them to stop treating me like a ghost, I need to stop acting like one.

 

■”It’s happening.” の解釈

文中には3回、”It’s happening.” という表現が出てくる。
①乳癌発覚前
主人公は夢の中に出てきた自分に “It’s happening.” と言われた。
病院に行こうとする主人公に、 “I wouldn’t worry.” “It’s probably nothing.” と言った夫。

My husband doesn’t believe that dreams carry higher meanings.

②主人公の臨終前
家族が主人公のベッドを囲む中、兄弟が “I think it’s happening.” と言った。

③眠りかけの夫に、幽霊として現れて
“I have something to tell you.” と語りかける。

“I think it’s happening,” I say to him.
He nods, then he drifts off again.

①と②は、発覚前と臨終前という点では違うけれど、内部で何かが起こっている、何かの力が働いているという意味では同じだ。
③の夫への言葉の意味は何だろう。
前に “If I want them to stop treating me like a ghost, I need to stop acting like one.” と言っていたから、幽霊として振舞わない=幽霊としてここにいることを望まない=消える、という意味に読んだ。
“happen” は移行が生じる、という意味かなと。
(合ってるのかな・・・。最初は「あなたにも病気の兆候が見えるから病院に行きなさいよ」と言っているのかと思った)

 

出てくる「夫」の描写には、作者アダム・ジョンソンを想起させる表現が多々あり、ジョンソンの妻は実際の乳癌サバイバーとのこと。
自伝的要素と経験を幽霊の語りで組み立てたところがすごい。