ママンの不在

実家が苦手だ。

ひねくれた思春期。
心理学の本を読み漁って原因探しをした20代。
親とうまくいっている人たちに憧れた。
「自分が親と同じ年齢になったら理解できる」という言葉を頭の片隅においていたけど、さらさら理解できなかった。

連絡を絶って何年にもなる。
薄情を通り越して無情だ。
「母のせいでなんちゃらかんちゃら」と思うこともなく、無。

無なんだけど、数字だけは消えない。
実家関連の日付は、前日くらいから調子が悪くなる。
誕生日とか、命日とか、誕生日とか。
頭にもやがかかったようになって、ぼんやり、じとーっと、思い出がへばりつく。
嫌だったことが、リピート再生され続ける。

今週はカミュの『異邦人』とサガンの『悲しみよこんにちは』を読んだ。
偶然にも、母親の不在が根底にある話。
いないのに、出てこないのに、不在としてそこにある。

台風と共に嵐は去った。
次は9月。

本棚の入れ替わり

昔買った本を読み返して、「そんなにおもしろくないな」と感じることが続いている。
価値観が変わったのかもしれないし、疲れているからかもしれないし、どっちもかもしれない。
自分が何をおもしろいと思うのかがつかめないから、足元がぐらぐらしていて、落ち着かない。
それで、なおさら読めない、という悪循環に陥っている。

クローゼットの掃除をして、服をごっそり入れ替える、という話はよく聞くけれど、本棚もそういうものなんだろうか。
大事にしていた本、好きだと思っていた本が変わるのも、似たことなんだろうか。
クローゼットと違って、本は、そういう風に思っちゃいけないような気がしてしまう。
入れ替えるのが、いけないことのように思えてしまう。
合わない本が見つかるのも、それを売りに出すのも、罪悪感がある。

確実に「やっぱりおもしろいな」と感じられそうな本を読みたいと思いながらも、
その本も「そんなに・・・」ってなってしまったらどうしよう(きっと落ち込む)、と悩むジレンマ。

上がり下がり

カルディでインスタントコーヒーを買った。
オーガニックのカフェインレス。
2017年にAmazonで買った時は1100円で、今日は1500円かかった。
店員さんに聞くと、最近、商品がこぞって値上がりしているらしい。

ずっと関心を持ち続けていた、海外留学(オンライン)。
久しぶりに受講料を見たら、「え、こんなに高かった・・・?」となった。

ここのところ、洋書も高くて買えていない。
「しばらくしてから買おう」と思いとどまって以来、値段が上がり続けている。

円安と円高の仕組みを理解しにくかった高校生時代がなつかしい。
都会に出て、海外のものを買うのが当たり前になって、身に染みてわかるようになった。

貯金とボキャビルをコツコツやってるうちに、落ち着くといいな。

足切り

電子辞書の調子が悪くて
2度の修理を経て、ようやく戻ってきた。
言葉はネットでも調べられるけど、
いつも使っている辞書の、いつもの具合が好きだ。
ジーニアスは語源が豊富に載ってて好き。
リーダーズはジーニアスに載ってないような固有名詞が詳しくて好き。

大学時代から使っている、カシオのエクスワード、英語特化バージョンシリーズ。
大学時代のはモノクロ液晶で、故障なく10年もったのに(今も使えるのに)
4年前に買ったカラー液晶の辞書は、10年もたずに壊れた。
この先10年、もつんだろうか。

この前iOSのアップデートが発表されて、私のiPhoneSE(初代)は対象外になると知った。
小さくてとても気に入っているもの。
時代が変わって、切られていく。
新しいものを買えばいいじゃん、という気持ちと、
長く使いたい、昔のものを使い続けたいという気持ちがせめぎあう。

壊れたら新しいものに買い替えればいいじゃん、って思う方が楽なんだろうか。

リハビリ

好きだったお菓子が甘すぎる。
好きだった料理が脂っこい。
好きだったお酒が物足りない。

好きだった店もあるけれど、
コロナで外出を控えていたせいか、
どこの何が好きだったのか忘れてしまった。

というわけで、最近、何が好きなんだかわからない。
行き詰った時の、「好きなものでリフレッシュ!」ができない。

料理、お酒、インテリア、服、
自分の好きなものって何だっけ、と探しながら生きている。
これが思いのほか楽しい。

ちょっと前の自分なら「いらない」と思っただろうことや、
たいして知りもせずに諦めていたことを試している。

今日はえびしゅうまいを作って食べるんだ。