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junkotakijiri

足切り

電子辞書の調子が悪くて
2度の修理を経て、ようやく戻ってきた。
言葉はネットでも調べられるけど、
いつも使っている辞書の、いつもの具合が好きだ。
ジーニアスは語源が豊富に載ってて好き。
リーダーズはジーニアスに載ってないような固有名詞が詳しくて好き。

大学時代から使っている、カシオのエクスワード、英語特化バージョンシリーズ。
大学時代のはモノクロ液晶で、故障なく10年もったのに(今も使えるのに)
4年前に買ったカラー液晶の辞書は、10年もたずに壊れた。
この先10年、もつんだろうか。

この前iOSのアップデートが発表されて、私のiPhoneSE(初代)は対象外になると知った。
小さくてとても気に入っているもの。
時代が変わって、切られていく。
新しいものを買えばいいじゃん、という気持ちと、
長く使いたい、昔のものを使い続けたいという気持ちがせめぎあう。

壊れたら新しいものに買い替えればいいじゃん、って思う方が楽なんだろうか。

リハビリ

好きだったお菓子が甘すぎる。
好きだった料理が脂っこい。
好きだったお酒が物足りない。

好きだった店もあるけれど、
コロナで外出を控えていたせいか、
どこの何が好きだったのか忘れてしまった。

というわけで、最近、何が好きなんだかわからない。
行き詰った時の、「好きなものでリフレッシュ!」ができない。

料理、お酒、インテリア、服、
自分の好きなものって何だっけ、と探しながら生きている。
これが思いのほか楽しい。

ちょっと前の自分なら「いらない」と思っただろうことや、
たいして知りもせずに諦めていたことを試している。

今日はえびしゅうまいを作って食べるんだ。

旗を掲げる

自分が作ったもので、相手がよろこんでくれると嬉しい。
チームで作ったものが、届けたいと願った人に届くと嬉しい。

去年から、相手が欲しいと思っているものを、相手と一緒に作る、ということをやっていた。
お菓子屋さんを営む友人の、吊り下げ旗を作ること。
吊り下げ旗は、かき氷屋さんにあるような、看板代わりの小さな旗。

両面のデザインを私が考えて、刺繍の図案に起こし、表裏を手分けして刺繍することにした。
彼女が刺繍初心者だったので、入門キットを作って、送るところから始めた。
秋に刺し始め、冬になり、春が過ぎ、蒸し暑い日が続くようになった今週。
ついにできあがった。

私は飽き性で、同じものを2回は作らない。
作りたいと思うイメージが先にあって、試行錯誤しながら、新しい技術や作り方を学んで作る。
今回も同じで、作り方は手探りだった。
加えて、初めて、リアルで会ったことのない人と、リモートで、長い時間をかけて、一緒に作った。

モノとして作っていたのは旗だけど、その過程で、関係も作っていたと思いたい。
刺繍が進むたびに、ミーティングで笑いあうたびに、自分が外にひらいていく感じがした。
3年前には考えられなかった景色だ。

彼女はいっぱい「ありがとう」と言ってくれるのだけど、そっくりそのまま私もお返ししたい。
一緒にいさせてくれて、どうもありがとう。

立ちこぎで行く

ジムを再開した。

自転車で10分かけて行き、
音楽を流してストレッチし、
マシンでサクッと筋トレし、
マシンで40分早歩きし、
締めに腹筋運動をしたあと、
汗をデオドラントペーパーで拭き、
自転車で10分かけて帰る。
家でシャワーを浴びて夕食を作る。

今週は体調が思わしくなく、
食事をあまり摂らなかった影響で
タンパク質の摂取も少なく、
筋肉疲労が残りがちだった。

筋肉の再生の代わりに訪れる眠気。
そうそう、筋トレすると眠いんだったと、
数年前の記憶が蘇る。

コロナで行けなくなったジム。
同じタイミングで病気にかかり、
二重の理由で行けなくなったジム。
すっかり回復して、ぷくぷく肥えてきたところで再開したジム。

太れるようになった喜び
絞りたいと思える喜び
「疲れたー!」と思いっきり言える喜びが
自転車を立ちこぎさせる。

勉強、仕事、運動のルーティンで、今年の夏はいそがしそう。

光について

仕事の一環で、マーケティングの勉強をしている。
今準備しているものは実店舗や販売チャネルを作らない、インターネットで完結するものなので、どうしても「SNSをどう活用するか」に頭が行く。

それでいろいろな記事を読んでいる。
流れが速い分野なので、本だと情報が古い。

心構えやテクニック、うまくいった方法の実例を読む。
すごいなーと思う。
バズやフォロワー数アップのための地道な蓄積を、私は否定しない。

が、そういった情報に触れていると、元気がなくなる。
がんばれば伝わる、伝えようとすると伝わる、という前提が、たぶん私と違う。
基本は伝わらない、伝わったらラッキー、と思っているから。
伝えようとしていないというわけじゃなくて、構造的に、言葉の意味は人によって変わるので、メッセージはズレる。
伝えようと思うことは、伝わったとしても、ズレる。

そこに対して、これまでは悲観というか虚無感が強かった。
それが、この数か月、身近な人とコミュニケーションを重ねていくにつれ、「1回で伝えようとするのではなく、何度も、多面的に伝えようとすること」や、「相手の言葉の定義を確認して、すりあわせていくこと」を学んだ。
見える範囲の、近しい人との、時間をかけた関係作りには、希望を感じている。
マスに対して話せなくても、身近な人になら話せる。

考えていて元気が湧くような、手作りの方法を見出せたらいいな。

 

何もかも全て受け止められるなら 何を見ていられた?
誰もがうかれて理解りあったつもりなら それだけでいられた
いつもいつも

光にさらされてゆくこの世界の中 君を見ていられた
涙が流れて聞こえなかったとしても 空に浮かべていこう
いつもいつも
僕らはまだここにあるさ