差分の肉付け、立ち上がる本

あの日、あの時、あの場所で、君に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま、だったかな。私はどのみち恋に落ちていただろうから、現れるのはもっと早い時間でもよかったよ。

 

寝る前に、ログをつけている。EDiTの、1日1ページのB6ダイアリーに、箇条書きで記していく。その日にやったこと、訪れた場所、食べたもの、買ったもの、体調、良くも悪くも心が動いたこと。淡々とした、気軽なログブック。まれに書かない日もあるが、それは白い日という記録だ。

2018年9月5日、水曜日。いつものように机に向かい、カランダッシュのボールペンをもって書く。初めの黒丸をぐりぐりしている間に、1日のできごとを思い出す。

 

●岸本葉子「エッセイの書き方」を読了。
「エッセイ脳」の改題。
思っていたよりもテクニカル。

●穂村弘のエッセイ。おなかいっぱい。

●筋肉痛がひどい。肩。

●夕食の肉、焼くなら切り身よりもかたまりを。縮んでわびしい。

 

書き終えて読み返すと、なんかおかしい気がした。あ、そうか、と、かぎかっこを二重かぎかっこに改める。

 

●岸本葉子『エッセイの書き方』を読了。
『エッセイ脳』の改題。

 

かぎかっこで本に見えなかったものが、二重かぎかっこで本にしか見えなくなった。いつこのページを開いても、瞬時に本だとわかる。

わかりやすさのための慣習的なルールがあり、習ったのだから、わかりやすいと感じられて当然だ。当然なのだが、一度忘れるまで、肉付けを経てみるまで、私は実感として知らなかった。差分の肉付けで、かっこをふくよかにするだけで、文字の羅列を本だと、わかりやすく認識できるようになる。記号、すごい。おもしろい。

おかげですっかり目が覚めてしまった。そして入りこんでいく、かぎかっこ、クォーテーションマークの世界……。さすが英語のWikipedia、読みごたえたっぷり……。積ん読ならぬ、積んタブが増えていく……。いつ寝るんだ?

 

 

レモンゼリー・カミングス

詩人のカミングスごっこと、「すくう」の話。

 

すくう:手のひらやさじなど、くぼんだ形のものを使って、液状・粉末状のものの表面に近い部分を、えぐるようにして取り出す。また、手のひらやさじなどで、液体の表面に浮いているものやその中にあるものを、下から受けるようにして取り出す。

 

レモン汁に水と砂糖を加えて温める。
ふりかけたゼラチンが溶けて粗熱が取れるまで、待つ。
カップに注ぎ、気泡をすくい、冷やす。

ゼリーをすくう。
表面がスプーンに抵抗する。
力少々を加えて突き刺す。
えぐりとる。

昨日は液体だったもの。
弾力に触れて気づく、「すくう」が内包する痛み。
水、蜂蜜、アイスクリーム、すくうとき、元の場所からの断絶がある。

 

 

「掬う(すくう)」と「救う」は同じ語源をもつらしい。

命を救うとき、たとえば手術室、医者はメスで患者の体を切り開く。
たとえば川、溺れる子の手を大人がつかみ、指が食い込むくらいの強い力で引き戻す。

地球や世界や人の心に「救う」があてられるとき。
救う人が救われる人を助け、存在を丸ごと包みこみ、傷つけないように抱きしめるようなイメージをもっていた。
これ、違うかもしれないな。
温和に見えて、平和に見えて、実は見えない刃物が存在をえぐる瞬間がある。
そのうえそれで救われるものは、ひとすくい、表面や部分に過ぎない。すべてじゃない。

 

 

共感を通り過ぎた先で

共感されないことを、よりどころにしている。

 

繰り返してきたパターン。ありものを口に入れ、咀嚼し、飲みこみ、出てくる感情を注視する。食わず嫌いだったのを反省するくらい嬉しいとか、言葉にできないけど変な感じとか、ひどいアレルギーのような憤りとか。出てきた感情をエネルギーにして、ありものを変えたり、新しくつくったりする。

大勢の人が話す、ありものの言葉。求めていたものと、偶然ぴったりと合うことがある。手っ取り早く飛びついて、信じ、無意識にだまされることもある。いずれにしても、使う人たちは同じ言葉を共有し、共感しあう。そこは心地いいし、安心できるし、自信ももてる。

私も初めはとりあえず、大勢の人が話す、ありものの言葉を使う。使って、違和感をおぼえて、横を通り過ぎることになる。何度も繰り返していれば、使う前から「たぶん違和感を抱くだろう」と先を読めるようになる。それでも一度は体に入れて確かめるのは、通り過ぎた先にあるものが欲しいからだ。

 

上司とうまくいかず会社を辞めようと思ったときも、まずはよく聞く言葉を体に入れた。「やりがいがない」「ロールモデルがいない」「先が見えている」「もっと好きなことをやりたい」「成長したい」「モチベーションが上がらない」とか。しっくりさせようとしてもしなくて、頭の中で論破が進んだ。

・やりがいがない、先が見えてつまらないなら、自分で新しくつくればいい。
・人事の仕事は「昔からやりたかったこと」ではないが(就活するまで知らなかった)、言葉を使って研修をつくる、という意味では、やりたかったことのど真ん中である。興味の対象が「言葉」なので、幸か不幸か、何をしても昔からやりたかったことになる。
・ロールモデルがいないなら、自分がなればいい。
・成長は、何をもって成長か。毎日必死に生きていて、前よりはいい状態だ。というか、若者が典型的に陥るこの状況を、他と違う形で脱するのも成長の手段だ。
・優秀な人ほど、モチベーションの上がり下がりに影響されず、毎日淡々と仕事を仕上げていく。モチベーション論はナンセンス。
・「今の若い世代は、前の世代と違って安定を求めず、挑戦を好む」という言い回しもよく聞くが、仮想敵をつくって仲間意識を高め、自己肯定したいだけだ。これを繰り返しているという意味で、他の世代論と変わらない。
・安定した場所には、保守性もあるが、蓄えてきた設備、技術、知財、人材、キャッシュ、社会的信用もある。使いようだ。挑戦に利用するために、安定した場所を選んだ人は多くいる。

すべて辞める理由にならない。

 

そうして私は、一度体に入れた「辞める理由」「働く理由」を出し、通り過ぎた。逃げようとしていただけだと気づいた。若者をむやみに煽る人たちにいらだった。「共感されないような、自分の切実な理由にいたることができたら、それを信じて辞めることにしよう。どこかで聞いたストーリーや、多くの人に共感されるものは、おそらく “私にとって” 嘘だ。それまではできることをやりつくそう」と決めた。入社理由を思い出し、言葉を更新した。

 

・2009年面接時: 「ひとりでやっていたものづくりを、人と一緒にやりたい」
・2011年: 「自分のものづくりの方法、つまり言葉や意味やイメージを手がかりにものをつくることが、社会で通用するのか、人と協働することができるのか、何が喜ばれ、何が喜ばれないのか、始まりから終わりまでに何が起こり、私が何を感じるのかを仮説検証したい」

 

6年経ってこの仮説検証が終了し、次の目標ができ、次に行くことにした。社会学のフィールドワークのように、ある場所を調査して、終わったから次、というのが、「私の」「20代の」働き方と辞め方だった。

 

大勢の人が話す、ありものの言葉、ストーリー。求めていたものと、偶然ぴったりと合うことがある。手っ取り早く飛びついて、信じ、無意識にだまされることもある。そこを通過して、手にできる言葉もある。共感されること同様に、共感されないことも心のよりどころになるのだ。

 

 

生活模様

風呂の壁の写真をアイキャッチに撮ってから、生活の中の模様に夢中。

日光が透けるカーテン、リバティ柄の布、スエードのソファ、角を合わせてたたんだブランケット、友人が持ってた刺し子、着古した甚平、タイルでつくったコースター。

りんごの皮、小松菜の葉脈、上からのぞいたパックの貝割れ大根、グリルの網、撒き散らした打ち粉、トレイごと冷凍したひき肉、溶きほぐした卵、冷蔵庫の卵入れ、マヨネーズのふたのギザギザ、ミルの中のホールブラックペッパー、角型ホットプレートに広げたニラ焼きそば。

おろしたてのスポンジ。勢いよく握って飛び出た、細かいシャボン玉。

サンダルの底、エスカレーターの足元、おむすびの陳列、切ってない角形食パンの陳列、かき揚げの陳列、敷き詰められたキムチや白和え、大きなチーズの表面。地下街の床、店のシャッター。

見えない作り手、使い手、暮し手の指紋。

親指と人差し指のファインダーを満たして、ぱちっと1枚撮るんだ。

 

 

創造力をいかに定義し、自己開発するか―『納得の構造』 読んで考えたことのまとめ

『納得の構造―日米初等教育に見る思考表現のスタイル』を読んで、これまでの人生で考えてきたことと、次の目標についてまとめた。

本の内容のまとめはこちら。

創造力はいかに定義され、教育されるか―『納得の構造』 読んだ内容のまとめ

 

『納得の構造―日米初等教育に見る思考表現のスタイル』に、日本の初等教育では、とりわけ「共感」が重視されると書かれていた。

日本の歴史教育、作文教育では、いずれも「共感」が「手段」である。歴史の授業では、知識を理解し記憶するために、共感を利用する。アメリカのように、歴史教材を使って分析力をつける教育もうらやましいと思うが、日本式の、時系列・出来事・人物を物語のようになぞり、記憶していくのも悪くない。過去の出来事である以上、一定の答えが存在するからだ。児童に記憶させるために、おもしろい、記憶に残るような授業や方策の工夫がされている。

もやもやしたのは作文の授業だ。共感を手段にして、共感的な人格をつくる。ある出来事に対して、「子どもらしい」「人間らしい」感情があり、それらを身につけ、文章にする訓練を行う。同じような感情しか持ちえない課題で、同じような感情を抱くに行きつかせる。言葉は自由に書いてよいのだが、術を習っていないから、似たような言葉しか出てこない。それでも、素直な言語表現とみなされて、褒めてもらえる。褒められれば、児童はそれでよい、そうあるべきと思ってしまう。ここでは、皆同じように子どもらしく、人間らしい感情をもち表現することが、個性や創造性とされる。

じきに学校を卒業して、大人になる。皆同じように大人らしく、人間らしい感情をもち表現することが、個性や創造性とされるだろうか。社会、会社で求められているのは、「皆と同じように」の逆ではないか。著者は、「規範の模倣から生まれる多様性と、選択肢なき自由から導かれる類似性」という、それぞれアメリカと日本の初等教育におけるパラドックスを指摘している。私は、日本が人々に提示する「個性や創造性の定義」が、初等教育後、大学や就労のタイミングで変化することを指摘したい。つまり国が教育で使う定義と、人々が社会・経済活動で使う定義に乖離がある。定義する人が違うのでそりゃ乖離する、とも言えるが、定義を適用され、評価を受けるのは一貫してひとりの人間である。普通に生きていて、あるところで価値基準がいきなり変わり、順応を強いられ、評価されるのだからたまらない。

私の話だ。

小学生時代が、求められる一般的な感情の解や文字、作文のルールを覚える期間だったとすれば、中学生時代は、アメリカ式のライティングをかじった時期だった。英語のスピーチライティングがきっかけで、エッセイや物語の構造、主張と理由の書き方、ユーモアや比喩でふくらませるやり方を個別に教わった。毎日要提出の連絡帳には、英語の日記を書き、英語の教師に添削してもらった。自分で書いてみると、日本語と英語で物事の見方が違うんだとよくわかった。見方が違い、切り取り方が違うと、表現が違った。素朴な表現を場に合わせて変えることは、メイクや服を変えるみたいで楽しかった。同じ感情を抱き、素直に書き、結果が似たような顔の文章よりも、「見方×切り取り方×表現」で表情が変わる文章のほうが、つきあっていて居心地がよかった。

「見方×切り取り方×表現」のうち、見方・切り取り方の部分で、どうにも人に伝わらないことがあった。「ぐふふ♥」と感じることが、心を動かされるポイントが、なんか人と違った。「私はそう感じるんだから仕方ない」とは思っていたものの、相手が混乱したり、不審に思ったりする気持ちも理解できた。共感するにも、何が何だかわからないのは怖い。あれこれ試してみて、論理性・構造・型を使うと、相手を混乱させにくくなると知った。だから型があるんだと合点がいった。型があると、相手がわざわざ初めから情報を整理しなくてもいい。考える道筋を意識すると、人に伝わるようになった。部分的に、あえて逸脱することもできるようになった。「見方×切り取り方×表現+論理性」が、私が何かをつくること、創造性の定義になった。何かをつくることの積み重ねが個性だと考えた。

高校に入ると、受験勉強ばかりになった。同じような感情を、(結果的に)同じように書く練習をした時期を経て、そもそも書かなくなる時期が来たのだ。英語のクラスで、長文を書くことなんてめったになかった(都会のエリート校ならあるかもしれないが、少なくとも田舎にはなかった)。数行の英作文しか書かなかった。国語の授業では、古文・漢文に時間を割くようになり、現代文の読み書きの比率が小さくなった。小論文試験の対策で、初めてアメリカ式のエッセイの型のようなものが教材に出てきたが、志望校に科目がなければ取り組まない。小論文が嫌で、小論文試験がない学校に絞る人もいた。堅牢な型の小論文すら、書かない人のほうが多いのである。クリエイティブライティングのような、ふわふわっとしたイメージが先行する書きものの時間など、入る余地がない。実は「表現の選択肢を増やすための型」なのだが、必要とされていない。

書かない環境が不思議だったので、地下活動的に実験をしていた。「見方×切り取り方×表現+論理性」の公式で文章を書き、大人のところに持って行ったり、全国規模のコンクールに出したりした。創造性の公式でものを作り続けられるのかの実験と、それが社会に通用するのかの検証と、改良のためのフィードバックが、サイクルとしてうまくまわるようにした。活動の結果、「この公式、たぶん大事にせんといけんやつや」と結論づけた。

小中高と書いていたから、求められる個性と創造性の定義が大学で大きく変わったこと、周りの同年代の人たちが動揺し始めたことには敏感だった。たとえ似通ったものでも表現を褒められ、強化されていたのが、急に違いを求められ始めた。アメリカ式は、そもそも人間はお互いに違う、違うままでしかありえないという考えのもと、存在が肯定されていて、技術としての型を与えられる。日本では、別々の人間なのに、初めは同じようになるようプログラムされ、そのあと違うようになれと要求される。存在の変容を強いてくる。意味の変わった「個性的に」「創造的に」のスローガンに、事前アナウンスも、技術の教育もない。

話が難しくなるのは、就活・研修・配属先・仕事で、「個性・創造性」+「協調性」という矛盾する項目が、同等の優先順位で求められることである。求められる「個性的に」「創造的に」の実現方法がわからず、とまどい、悩む。何か奇抜な策を打つと、協調性がないと叱られる。「これだから若手は」とか「ゆとりだから」と世代論が始まる。両方を達成しようとしても中途半端になり、どちらか一方を優先させても非難を浴びる。何を目指して、何をどうがんばればいいのか。考えられることは考え、やれることはやり、そのうえで手詰まりになるのだ。かといって「社会ってそんなもんだ」と諦めたくもないのだ。人事部にいて、数百人の新人や若手社員と関わった。混乱の根っこが似ていたと思う。スマートに打破できた人、ボロボロになってやっとどうにかできた人、結局諦めた人、考えないようにしている人、退社した人、病んだ人、いろいろいた。

個性・創造性の定義の、ひそやかな、急激な変更は暴力的だ。教育に関わる人たち、経済に関わる人たち、両者は明言を避けながらも、静かに、確実に各々の定義を各々のシステムに組み込み、運用を続けている(個人で尽力されている人たちもいる。ここで言いたいのは組織的な、無意識的な、もっと大きな話だ)。

次世代、子どもへの教育をどう変えていくかの議論はもちろん重要だが、その議論を行う、すでに学校を出てしまった私(たち)が何を目指し、どうすればいいのかを考えるのも必要だ。私は共感重視、矛盾を含む目標、ゆえに物事の結果が出ず進まない、どこか不穏な空気の社会の中で、残りの時間、どう言葉を扱い、発言していくか、個をつくっていくか、人と関わっていくかをもっと考えたい。私が個をつくってきた創造性の履歴はいつも書き言葉だった。今は次の手がかりを考えるために、いろいろな国・文化・分野・型の文章を読むことと、真似して書いてみること、新しい型の研究開発を進めているところだ。まだまだ実験は続く。いつか何かしらの形にできたらいいなと思っている。

 

<参考文献>
渡辺雅子『納得の構造―日米初等教育に見る思考表現のスタイル』、東洋館出版社、2004年。