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名づけ

歯医者のプレイリスト

去年の秋から少しずつ、親しらずを抜いている。

抜歯が体力を使うものだと知らなくて、師走、筋トレ翌日に抜いたら大きく体を壊した。それからずるずると小さな風邪をひいたので、寒いうちはお預けとなり、春になって再開した。3本目、左の奥、レントゲンでは神経にやや触れているように見える歯。痛みの予報は五分五分。

処置室で待っている間に、先生が使う機械のディスプレイに “PRAY” と表示されているのを見つけた。近づいてきた先生に「何を祈るんですか?」と尋ねると、「ああ(笑)」と機械の向きを変え、「 “SPRAY” ですね。水を出す器具とつながっています」と教えてくれた。

曲が3種類だけの、ミスチルのオルゴールメドレーを聴きながら、抜歯の準備を着々と進めてもらいながら、「歯医者で祈ることリスト」を考えた。痛くありませんように。すぐに終わりますように。他に何があるかと思いあぐねているうちに歯は抜けていた。ああそうだ、「血が早く止まりますように」も追加しなきゃ。

 

日々の暮らしで指針にしたいこと、心に留めておきたいことのリストを作って、毎朝と毎晩眺めようと計画している。言葉は平気で人を欺くから、願望や指針を言葉にするのには慎重になる。特に仕事で忙しかった頃からは、努めて言葉にしないよう、保留を繰り返してきた。組織や環境が言わせることと、自分の中から出てくることは、切り分けておきたい。

歯を抜いて、自分に隙間を作ったのがよかったのか、病んで回復して心機一転したのか、年明けからぽつぽつと、不純物の取れた願望が言葉になって現れることが増えた。ずっと覚えておきたいような、シンプルな、ほんとうのやつ。きっとこの先の私を支える祈り。

音楽のPLAYLISTは、散歩と運動のポケットに入れておきたいもの。祈りのリスト、PRAYLISTは、1日を開く時、閉じる時に机の上に置いておきたいもの。歯を1本なくした代わりに、いい名前を手に入れた。

 

Photo by Daniel Frank on Unsplash

 

 

コピペ弁当の再定義

木曜日、弁当を作った。ゆかりごはん、とり天、玉子焼き、にんじんの明太きんぴら、蒸しさやえんどう。
金曜日、弁当を作った。ゆかりごはん、とり天、玉子焼き、にんじんの明太きんぴら、蒸しさやえんどう。

多めに仕込んでいたから、2日連続で同じ弁当になるのはわかっていた。全部おいしいからいいじゃんと思いつつ、金曜日は玉子焼きを2個から4個に増やし、申し訳なさを隠すように弁当箱に詰めた。

夫が横で紅茶を淹れていた。ふろしきで包む前に「昨日と同じでごめんね」と言うと、すぐに「とり天弁当2(ツー)やな!」と返してきた。

ツー。発売を楽しみにしているシリーズもののイメージ。ポケモンのミュウとミュウツーのように、進化を重ねているもののイメージ。瞬時の、簡潔な名づけに、「ぼくは食べるのを楽しみにしてる、玉子焼き倍量で進化したとり天弁当を!!」というメッセージを受け取った。完全な意図ではないかもしれないが、日々のやりとりの中で、虎視眈々とセンスをチューニングしている人だ。半分くらいは狙っている。

コピペ弁当のリネームで私の罪悪感を消し去り、知的好奇心まで刺激した彼は、好物のとり天を携えて颯爽と出かけていった。