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言語化

ピリオドを打つ

僕が何かを書くときは、大体自分の中の何かを終わらせるために書いている。

言語化には、その対象を終わらせる効果がある。

pha 『知の整理術』 p.195, p.201

 

 

父が死んだ。私と妹は実家と距離をおいてしばらく経つ。だから連絡はすべての事後に来た。私たちはいい娘じゃなかったし、いい家族でもなかった。この先叶える機会も消えた。

父を「ひたすら子どものために生きた人だ」と周りは言うが、家の外と中では見えるものが違う。話すべきことを話さず、問題を先延ばしにし、見栄を張り、大酒を飲み、荒れ、母といがみあっていた。

母を母と呼ばなくなって久しい。甘える子を抱き寄せるような、「お母さん」の牧歌的なイメージを身にまとうのは好きだったが、何か問題が起きたり、子が従わなかったり自分の意見を言ったりすると、思いどおりになるまで暴れた。家出や投身、離婚、時には刃物を持ち出して脅し続けた。「お母さんは悪くないよ」と言われたがった。私が大人になれば、社会に出れば、家族をもてば彼女の苦しみを理解することもできると思っていたが、軽蔑は増すばかりだった。どんな思い出を振り返っても、難しいこと、責任を伴うことは人任せ。彼女は自分が楽になることしか考えてなかった。

勉強がそこそこ得意で、世間的にいいと言われる学校を出た私たちを、両親は外に対して自慢した。私たちが家を出たかったのはとにかく身を守るためだったことを、知っていたんだろうか。いろいろなことを学んで力をつければ、家の問題を解決できるはずと信じていたことは、きっと知らない。

いくら目的を考える力、問題解決の力、言語化の力を伸ばしても意味がなかった。彼らは変わることを望まず、長年の姿勢を崩さなかった。「変わってほしい」と言うのでは「私は悪くない」と返されるに決まっているので、小さなステップから「いっしょにやっていこう」と切り出したにも関わらず。私たちはできるかぎりのことをして、自分が壊れる手前で連絡を絶った。

会社に入ってから、変えない、変わらないことを求める人が多数派なんだと知った。そこでいよいよ、私は本質的な変化や変革を求める人間だと自覚した。最初はわかりやすく敵対されたが、目指すものをもち、頭と手足を動かし続ければ、言葉の限界をわかったうえで諦めず言葉を尽くそうとすれば、少しずつでも変えていけるものがあった。周りで信頼していた人は皆、自らも変わろうとする人たちだった。失敗しても次改善すればいいとか、気張り過ぎずに笑うとか、目的を共有した人たちと協力するとか、仕事の節々がいちいちまぶしかった。

 

死後の手続きで、初めて司法書士さんにお世話になっている。面倒だと思っていたものの、いざ各書類の意味や流れ、ポイントを調べ始めたら、会社にいたときの「『人事関連の書類について、法務部とミーティングするための準備』に似てる!」となった。私の担当業務のことは私の責任なんだから、相手が専門家でも丸投げせず、よく考えて整理整頓したあと、助けが必要な箇所をピンポイントで明らかにしておかないと。言語、とりわけ比喩を研究していたのがここで効く。イメージや仕組みが似ているのに気づくと、さっきの面倒くささはどこへやら、状況を楽しめる自分に変わる。

いい娘ではなかったなりのサバイバル術を身につけた、と言葉にしたら、「いい娘になれなかった」と思い出して泣く日々が終わった。両親、親戚の人たち、奨学金のおかげで、私たちはすばらしい教育を受けた。直接何かを返すことはできないが、心から感謝している。迷惑をかけず自分の人生を元気にまっとうすることで返したい。

与えてもらった環境のおかげで、私と妹は学ぶことが好きだ。それは学問に励む、資格の勉強をするといった狭い意味じゃない。学ぶとは、全然できないこと、うまくやれないこと、欠落していること、誤ったことを認めて、どうしたら少しでもよくなるか、自分で考えて、やっていくこと。面倒だったり、難しかったり勇気が必要だったりする中でも、自分で情報を集めて、考えて、理解して、選択して、動く、他者と話す、結果を受け入れること。その過程でたくさん泣いたし、落ち込んだし、いらいらしたし、体を壊すこともあったから、たぶんこの先もそうだろうと思う。でもできるだけ自分の感情に責任をもちたい。いい娘にはなれなかったけど、いい人間にはなりたい。ささやかでも毎日前進して、変わっていきたい。

ずっと穴があいていた「何のために学ぶか」の解を導き出せて、よーしがんばるぞという気持ちになっている。

 

 

Photo by Carlos Alberto Gómez Iñiguez on Unsplash