海の沈黙・星への歩み

Date
4月, 17, 2019

著者:ヴェルコール
訳者:河野與一、加藤周一
出版社:岩波書店
発行日:1973年2月
形態:文庫

 

渡辺一夫の『曲説フランス文学』で、1章分を割いて紹介されていた本。フランスがドイツに占領された頃の、抵抗文学(レジスタンス文学)の代表作として知られる。当時の出版は非合法、地下活動的なのもの。「ヴェルコール」は本名ではない。2作品ともフランス賛美が強いが、時代背景、鼓舞されたであろう人たち、守ろうとしたものを考えると違って見える。

 

『海の沈黙』は、フランスを敬愛しながらもドイツ軍としてフランスにやってきた将校と、部屋を提供する家主の女性、その姪の話。場の登場人物としては、彼女たちはほとんどしゃべらない。夜、将校はしばし居間に立ち寄って自分の昔話、好きな物語、理想の話をしていくが、彼女たちは感情を表に出さないし、動かず、沈黙したままでいる。沈黙は、将校が休暇でパリを訪れたところで変質し、クライマックスへ向かう。この書き分けの筆力ったら。

沈黙がもう一度襲って来た。もう一度、しかし今度は遙かに得体のしれない張り切った沈黙。そうだ、かつての沈黙の下には、――丁度、水の静かな表面の下に海の動物の乱闘があるように、――隠された様々の心持、互いに相手を否定して戦う様々の欲求や思想の海底生活が蠢くのをはっきりと感じた。けれどもこの時の沈黙の下には、いや、ただむごたらしい抑圧だけ・・・・・・ (p. 57)

瞬時に諦めて心を殺した人、迎合した人、理想を信じたからこそ少しずつ引き裂かれていった人。いずれも犠牲者たち。この将校のようなルートで「地獄行き」した人は、どれくらいいたんだろう。

 

『星への歩み』は、チェコスロバキアの家から抜け出して、憧れのフランスへ渡るトーマの話。家を出たい、上京しようと戦略を練った頃のことを思い出した。星の意味がわかったときに、心が最も動く。

 

読めてよかった。私は登場人物が少ない、派手な出来事が起きない、簡潔な文体、短い話がほんとうに好きなんだなーと再確認した。他の作品も読んでみたいが、日本語では手に入りにくいのが残念。