不確かな医学

Date
8月, 24, 2018

著者:シッダールタ・ムカジー
訳者:野中大輔

出版社:朝日出版社
発行日:2018年1月10日
形態:単行本

 

一般人でも興味を持って聴けるTEDのブランドと、頭がよくて優しい訳者のおかげで、見た目より数倍とっつきやすい医学書。著者の専門は医学だが、「システムをどうよりよくしていくか」「当たり前を疑ってみる」という話なので、ビジネスや日常生活に応用可。

TEDを以前から知っていたこと、友人が訳したということで手にとった。そうでなければ読まなかっただろう、医学の本。名古屋の丸善では、降り立ったことのない4階、理工・医学書フロアの奥の棚にあった。

TEDは、’ideas worth spreading(広める価値のあるアイデア)’ をスローガンとし、アイデアを持つ人たちがプレゼンテーションをおこなうプロジェクトである。どんなに専門性の高い話でも、観衆が関心を持てるようにデザインされている。18分以内の簡潔さ、入念に準備された原稿、目をひくプレゼン資料、心をつかむユーモア。各々が持ち帰って何かに使えるくらい、抽象化、一般化された問いや提案、意見をシェアしてくれる。時間を忘れ、専門を超えて、あれもこれもと見入ってしまう魅力と信頼性がある。

TEDブックスは、講演とセットになっている。講演で興味をもった人たちの「もっと深く知りたい」を叶えるためのシリーズで、基本思想は講演と変わらない。

『不確かな医学』の帯には、「バイアスという名の病とうまくつきあっていくために」とある。いかに不確かさがある状況で正しい判断をするか。著者は「確実」を肯定しない。いくら研究が進み、機械のできることが増えても、原理的に残ってしまう「不確実さ」に人間として向き合う。確かなものと決め込んで、コピー&ペーストで使うよりも、不確かなもの、一般化しきれないものをどう扱うかを現場で考え続けている。完璧な人のイメージで、失敗が許されない医者という職業の、頭の使いどころを知った。

訳者の野中大輔氏は、頭がよくて優しい。大学の言語学のゼミの同期の中で、いちばん熱心に学問を志していた人だ。私がわからないところを、偉そうなそぶりを見せず、馬鹿にもせず、丁寧にかみ砕いて教えてくれたり、論文のアイデアに意見をくれたりした。役割とか目的をよく把握して、場や人やゴールに合わせて話す。訳にはそんな人柄がよく出ている。

医学書を開いて一般読者が心配するのは、専門用語だ。先入観で、余計に難しそうに見える。だが頭がよくて優しい野中氏は、そんなの全部まるっとお見通しだ。医学が専門でない自分が翻訳を任された意味を考え、読者がつっかえないようにする工夫を随所に散りばめている。トピックの難しさを感じさせない語り口で、読み手をつまずかせず、ideaに集中してもらう、というTEDのあり方もまるっと翻訳している。

多くの人が、書店の棚、表紙のガイコツ、タイトル、この色眼鏡つきのレビューのバイアスを乗り越えて、自身で中身を確認されることを願う。