葉桜を覚える

歌や料理、香りで昔のことを思い出すのと同じように、私は単語で人を思い出すことがある。新しい言葉を覚える瞬間が、人とセットになっている場合がある。それが珍しくて、うれしいものだと、書いて整理したら気づいたという話。

 

「葉桜」の単語で、思い出す人がいる。「桜」では思い出さない。その人を見て、「葉桜」を思い出すこともない。単語で人を思い出すというのが不思議で、言葉の覚え方を整理することにした。私の、言葉と意味をつなげる方法は、今のところ大きく分けて2種類あるようだ。

1 新しい言葉を知る
2 すでに知っている言葉の意味を広げる

 

そしてそれぞれが、次のように枝分かれする。

1 新しい言葉を知る
 1-1 辞書をひく
 1-2 人に教えてもらう

2 すでに知っている言葉の意味を広げる
 2-1 人に教えてもらう
 2-2 観察する

 

またそれぞれに、それぞれの葉が生える。

1 新しい単語を知る
1-1 辞書をひく
 1-1-1 納得できるまで説明文を読む
 1-1-2 ひとつめの意味、ふたつめの意味…..と、別々に書かれてある意味を重ねるように読む
 1-1-3 語源から想像をふくらませる
 1-1-4 初見と実際のギャップを利用する

1-2 人に教えてもらう

2 すでに知っている単語の意味を広げる
2-1 人に教えてもらう
2-2 観察する
 2-2-1 話しているのを聴く
 2-2-2 書いてあるのを読む

 

それぞれについて、詳しく見に行こう。まずは、新しい言葉を知るために、辞書をひく場合。

 

“Don’t you love the Oxford Dictionary? When I first read it, I thought it was a really really long poem about everything.” ― David Bowie

 

1-1-1 納得できるまで説明文を読む

物事の定義を書いているのが辞書だが、一度ひいて、短い文章を読んで、「よし、わかった」と思うことは少ない。国語辞典については、説明文が足りない。例えば「説明」を「説き明かすこと」と書くように、説明になっているようで、なっていない言葉が多い。そのため、複数の辞書サーフィンは必須だ。漢字は漢和辞典を、外来語は英和辞典をあたる。英語は、英和、英英にあたる。電子辞書が活躍する。

 

1-1-2 ひとつめの意味、ふたつめの意味…..と、別々に書かれてある意味を重ねるように読む。

言葉は生きものなので、時代や環境で意味が変わっていく。連想ゲームのようだ。ひとつめの意味を確認して覚えればOKではなく(というかそういう覚え方が全くできず)、意味の総体として、できるだけ立体でさわろうとする。

 

1-1-3 語源から想像をふくらませる

指導教授が、「英語は文献化への執念が強い」と言っていた。電子辞書の英和大辞典やOxfordの辞典には、ギリシャ語やラテン語、フランス語、古英語、中世の英語がもとになっているとか、「ここまでは明らかになっているが、ここからは不明」など、必ず語源や語の変遷が書かれてある。例えば“cherry”なら、「初14c;ギリシア語 kerasos(サクラの木)」とある。

漢和辞典でも、解字で文字のつくりを知り、想像する。「桜」は、「櫻。嬰(エイ)は、『貝二つ+女』の会意文字で、貝印を並べて、首に巻く貝の首飾りをあらわし、とりまく意を含む。櫻は『木+嬰』で、花が木をとりまいて咲く木」とある。

言葉が作られたのは過去のことなので、どんなに研究が重ねられても、語源は本質的に正しさを見極められないものだし、現在使われている意味とかけ離れているものもある。ただ、私が言葉のイメージやニュアンスをつかむには役に立っているし、「こういう始まりだから、私は、こういう使い方をしよう」と決める手だてにもなっている。言葉を作った人、使っている人の見ている景色を、垣間見るような感じだ。

最近は「取」がおもしろかった。「『耳+又(手)』で、捕虜や敵の耳を戦功のしるしとして、しっかり手に持つことを示す。手の筋肉を引き締めて物を話さない意を含む」とあり、血や暴力を想起した。「奪い取る」とか、荒々しい、力のこもった文脈では最適だが、やわらかいものには合わせたくないなと、「私は」感じた。現在の意味における含有率はだいぶ低い、ほぼないようだが、私がそう感じたことは事実だし、それでいいと思っている。

 

1-1-4 初見と実際のギャップを利用する

ぱっと見の印象と想像を、実際の意味で答え合わせするような、なぞなぞのような過程を経る。

例えば“bench warmer”。英語が母国語でないからこそ、いったん「ベンチを温める人」と直訳する。それから、「ベンチを温める人?ずっと座ってる人?デスクワーカー?いや、ベンチだから外か。サッカーの試合の観客とか?」と推理して、答え合わせをする。意味は「補欠選手、控え選手、役に立たない人、窓際族」だそう。そこから“bench”に、補欠選手の意味があることを知る。

“creative acounting”は、「え、クリエイティブな会計?財務諸表のまとめ方がスーパーいけてるのかな。クリエイティブ業界の会計ってルール違うのかな」と挟んで、「粉飾決算、財務記録の偽造」を知る。

“the cherry on the cake”は、「ケーキの上のサクランボ。食べたいな。あ、でもイチゴのほうがいいな。ケーキ食べたいな」とよだれを出してから「魅力的なものにさらにいい点が加わること」という意味を知るので、全身で「たしかにね!」と言える。辞書に「いいね!」ボタンがあったら、押しているところだ。

 

次は、新しい言葉を人に教えてもらう場合。

1-2 人に教えてもらう

「葉桜」はここだ。彼女が「葉桜が好き」と言うまで、私は葉桜を知らなかった。教えてもらって、初めて桜が分化した。葉桜を見られるようになった。ヘレン・ケラーとサリバン先生のようだった。目が見える私は写真を撮った。ストーリー記憶ではない。解像度の上がった瞬間を、瞬間のまま記憶した。

tumblrの記事を書けるようになった日、私は意気揚々と「<br>でね、改行できるようになったよ」とエンジニアの夫に報告した。彼は「そうかそうか」と言って、「“br”は“break”なんだよ。略称には全部意味があるよ。“p”は“paragraph”ね」と教えてくれた。私はこの瞬間も写真を撮った。

どちらの記号も、意味といっしょに、その人のことを思い出す。私が知らなかったことを知っていて、私が見ていなかったことを見ていた人たち。うまく言葉にできないが、教えてくれた時、その人はその言葉とその言葉があらわすものを、好いている感じがした。その人が、その言葉を覚えた時の、わずかな心の動きと合わせて、私に教えてくれたような気がした。いつも、全部をひっくるめて思い出す。

ここまでが、新しい言葉を知る場合の話。

 

次の「すでに知っている言葉の意味を広げること」は、よく仕事でやっていた。言葉は、実際に使われてこそのもので、人それぞれで微妙に定義が違う。

2-1 人に教えてもらう

話の中で、「その言葉を、どういう意味で使っていますか」と訊く。

言葉が人を動かし仕事を進めると知っている人は、日頃から言葉について考えているので、自分の定義を持っている。うまいリーダーは、その定義をメンバーに説明し、メンバーに話をさせて理解を確認し、都度修正を加えながら、また合言葉にしながら、組織の目的を達成していく。私は目的を明らかにしたうえで、上司やキーパーソンの使う言葉から、見ている景色や時間軸をつかみ、自分の定義を加えて仕事にしていたのだが、初期と各マイルストーン、最後のフィードバックで、キーワードの理解を深めていくのがたまらなく好きだった。視点が増え、視野が広がり、視座が上がった。普段の会話は、同じことをやると面倒くさがられるので人と時間を選ぶ。大切にしているんだろう言葉の話を聴けるとうれしい。

 

2-2 観察する
 2-2-1 話しているのを聴く
 2-2-2 書いてあるのを読む

人が話しているところを見たり聴いたり、書いたものを読んだりしたあと、「その言葉を、こういう意味で使っているのですか」と確認する。

「たしかに」と言われることも、「そんなこと考えてなかった」と言われることもある。長年の忙しい日々、思い入れをもって仕事を続けているところで、その人が当たりまえに思っているもの、当たりまえと思わないくらい当たりまえなものを外から追っていると、特徴が浮き出てくることが多い。個人もそう。組織もそう。必要そうなのにそこにない言葉があったとき、あえて口にしたことも、渡さないこともあった。観察は性質上、いつもアウトサイダー感がついてまわる。

 

ここまで書いて、葉桜の1-2のように、新しい言葉を人に教えてもらうのが好きだと気づいた。特別に感じるのは、数がそう多くないからだ。誰かを思い出す言葉を増やしたい。思い出して、「思い出したよ」と言える相手を増やしたい。皆いつか散るのだから、「思い出したよ」と伝えられることを大事にしたいと思う。

 

 

まちの教室KLASS「積読本をひらく読書会」で考えたこと

言葉は意図して使えば自分を動かす力になるけど、油断するとがんじがらめの原因にもなる。「積読」という言葉を、ほっけの干物並みにほろほろほぐした読書会の話。

 

冷蔵庫に食べものが入っている。買った理由はさまざまだ。体によいと聞いたから。食わず嫌いを克服しようと決めたから。新作が出ると試すから。慣れ親しんだ味だから。旬だから。安くてお得に見えたから。がんばったごほうびにしようとか、好きだけどやめなくちゃ、これで最後にしようとか。

食べものは、じきに食べられる。あとまわしになったものは、消費期限や腐敗を目印に捨てられる。いずれにせよ、入ってきたものは出ていく。

本棚には本がある。こちらも買った理由はさまざまだ。不運にも冷蔵庫の食べものと違うのは、読まずにいた本がなくならず、増えていくことだ。多くの人にとって、「読んでいないこと自体」の後ろめたさが、部屋と頭に影を落とす。腐らないから、本は週末にでもまた増える。後ろめたさも膨らむ。

幸運にも冷蔵庫の食べものと違うのは、増え続けるからこそ、「買った理由」と「読まない理由」がそれぞれの本に残り、時間をかけて発酵し、物語に変わりうることだ。「買った理由」「読まない理由」は、自分や他者の世界にふれようとする手段になる。そう教えてくれる場所があった。

 

本を読んで来ない読書会

3月下旬、桜満開の陽気、東京 千駄木、まちの教室KLASS。設計事務所HAGI STUDIOが「地元の人を先生に」とつくったイベントスペースで、「積読本をひらく読書会」が開催された。読書会といっても、本を読んで来なくていいし(むしろ読んで来ちゃだめ)、集まった人たちで読み始めるわけでもない。やや奇妙にも聞こえるが、「読んでない本について、読んでない人たちと話す」場である。

参加者は3名。「積読びらき」の手順は次のとおり:

1 自己紹介。名前、住んでいるところ、「今朝、何を見ながらこの場所へ来たか」
2 持ってきた「自分の積読本」を隣の人に渡す。もう一方の隣の人から本を受けとる。
3 手にした「隣の人の積読本」を触る、眺める、観察する、読む、メモする。
4 「自分の積読本」について、「買った理由」と「読んでない理由」を話す。
5 隣の人が、その本を観察した結果や感じたことを話す。
6 場の流れで自由に話したあと、2から5のくりかえし。

私が話の場に出したのは2冊。買ったのも、読まないでいたのも、持っていこうと選んだのも私なので、すぐに話せると思っていたが、意外にその場で思い出すこと、他の人たちの話で気づくことがあって驚いた。

 

リルケ『マルテの日記』

買った理由

「観察」を深めたいと思っていた時に、本屋で見つけた。リルケは知っていたので、手にしてぱらぱらとめくったら、「僕はぽつぽつ見ることから学んでゆくつもりだ。僕はほんとうの最初の一歩を踏み出すのだ。どうもまだうまくはゆかぬ。しかし、できるだけ、極度に時間を利用して、やってみたいと考えている」という文があり、読みたいと思った。

読んでない理由

観察の前段階の勉強を優先しているため。タイミングが来れば絶対に読むので、手元にあれば大丈夫という気持ち。

隣の人の話

「国、時代的に、”遠くの存在”の作家だ」と言っていた。「そういえば最近読んでなかったジャンル」とも。

 

増田幸弘+集『不自由な自由 自由な不自由 チェコとスロヴァキアのグラフィック・デザイン』

買った理由

デザイン会社で、コンセプトの言語化や関係者への共有がなくても見た目のいいロゴやパンフレットが生まれるのを見た頃。「デザインの見た目は手段。思想や問題解決への姿勢が根底にあるべきでは?」と考えていた時に、ちょうど本屋のデザインの棚で、帯に共感したため。

読んでない理由

同じ考えの人がいるのだ、という心強さがすでにある。出会った時点で半分以上の目的を達成している気がしている。読むのをあせってはいない。

隣の人の話

「表紙と裏表紙に仕掛けがある」「帯のメッセージ、私も気になる」「読んでみたい」

 

3冊目は帰り際に紹介だけ。この理由で買って、この理由で読んでない女(30歳)というのもなかなかレアなんじゃないかと思って。

ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』

買った理由

スパイに憧れたため。特に観察眼。

読んでない理由

スパイ適正診断のページで、スパイに向いてないという結果に真面目に落ち込んだため。

 

他のふたりの時間でも、「知人に薦められたが、難しくて読めなかった」という「あるある」の話から、「もったいなくて読めない。読むのはごほうび。いつにしようかな」という「ごほうびチョコ」みたいな話まで、買った理由、読まないでいる理由が本の数だけあった。ある人が苦手に感じるジャンルを、他の人が好きだったり、スリップが「購入後に読まないでいた証拠」に思えて笑い合ったり、別々に持ち寄った本なのに、テーマが響きあっていたりした。「読んでない」から始まる読書会は、興味深くて、愉快だった。

 

積読、読み終わらなくてもいいじゃん

帰り道、ウェブライティングで使っていたツールで、「積読」「積ん読」のSEOキーワードを調べた。共起する単語は、解消、アプリ、管理、消化、本棚、心理、増える、減らす、捨てる、断捨離、ストレス、すすめ、病気、メリット……など。いい文脈ではないのだろう、多くの人が管理や処分に困っているんだろう、現実を打破したくて買った本なのに、読めずに蓄積していくことがストレスになるんだろう、と想像していると、あれ?私にはこんな罪悪感がないぞ?と気がついた。

「読みたい。でもいろいろあって読めない。読めていない本だらけでストレスだ」よりは、「読みたい。読むぞ!読んでない本がこんなにたくさんある!」と、買った時の温度を維持できている。なぜ?と考えてさらに気がついた。そういえば、私は本を読み終わることがあまりない。

読んでない本は、読んでないこと自体でもちろん積読本だ。でも、私の読書は、一度読んだところで積読リストを出ない。難しい本は、はなから一度で理解できると思っていない。楽しい本は、だいたい二度三度、それ以上おいしい。「できるようになること」が目的の本は、身につくまでがゴール。一度目を通しても、筋トレのフォームは正しいかな、このレシピはまだ覚えてないとか、あれこれ課題が出てくる。自分の血肉になるまでは、「わかった」と言えない。くりかえしやってみて、そろそろ覚えた、「わかった」と言う頃には、存命の著者ならもう「次」に行っている。その「次」を読みながら、「わかった」と思った本を読み返すと、世界観や細部に新たに気づくことがあって、「まだまだだ」と感じ、「わかった」を飲みこむ。

私はたぶん、いつまでも「わかった」と言えない本、読み終わらない本に魅了されるのだ。だから、一読うんぬんが問題でない。くりかえし読むには堪えない、「読み終わった」と言える本、どうしても「わかった」と言えてしまう本を手にすることもあるが、「今の私にとってのはずれが、いつかの誰かにとってのあたりかも」と思えばなんだか楽しい。

読むことは手段だ。願いをかなえる手段はあまたあるのだから、本を読まないといって、非難されるべきではない。本を読まなくても、別の方法で、世界を読んで、考えて、生きていける。

読むことが自分の手段なら、積読本の山を眺めて途方に暮れるのではなくて、身近な一冊から楽しく登り始めればいい。あまりに気がうせる山なら、かの「手にとって、ときめくか」という魔法の呪文で、読む本を決めればいい。「積読」という言葉をほぐしてくれる、「積読本をひらく読書会」もおすすめだ。

 

主催者 舟之川聖子さんのウェブサイト ひととび http://hitotobi.strikingly.com/

まちの教室 KLASS http://klass.hagiso.jp/

 

 

MY LIFE WITH WORDS

つくってきたもの、できることの記録。

 

AWAKENING

覚醒期

0 1987年4月生まれ

6 ことばの音・リズムへの感性を体得
家と幼稚園で落語独演会​。演目は「じゅげむ」

7-12 ​文章の基礎を身につける
県作文コンクール​入賞皆勤。

13 ​英語と言語学に出会う
国語の教科書で、池上嘉彦『「する」と「なる」の言語学』を読み、感銘を受ける(のちにお会いし、卒論の土台にも)。自発的に英語日記を書き、担任に添削してもらう。ただし最初は「SEASON=SEA+SON=海の息子!」と言っていたレベル。

 

LINGUISTIC ACTIVITIES

言語実験期

14 「まったく伝えられなかった」経験で挫折
学校代表で出場した英語弁論大会で、緊張で台詞を忘れ、壇上で5分立ち尽くしたのち失格。翌年再挑戦するも思いを込めた文章が長すぎてタイムオーバーで失格。

15 コピーを学ぶ
環境ポスターで県1位。

仮説発見
「感覚的なだけでは伝わらない。論理的なだけではおもしろくない。ものを書いたりつくったりするには、感覚と論理の融合が大切!」

16-18 あらゆる文芸手段を試し​、仮説検証
<俳句> おーいお茶掲載2回
<現代詩> 全国9位
<税の作文> 税務署長賞
<英語弁論> 県3位
<英文エッセイ> 全国2位

上京後、大学で言語学を学ぶ
東京弁のインストール。英語英語英語、文学、哲学、フランス語。卒業論文は、ことわざにおける擬人表現の日英比較。

インターンは広告制作会社で1年、リクルートで1カ月。アルバイトはコーヒーチェーン。全国豆販促コンペでチラシを作成。店舗の単月売上で前年比240%を達成し、チームで全国1位に。

 

LINGUISTIC FIELDWORK IN THE ACTUAL SOCIETY

社会でのフィールドワーク期

22 大学卒業
「広告会社やメディアではなく、伝えたいモノをもつ広告主の側で、言葉の可能性を研究してみたい」と、電気機器メーカーに就職。人事部に配属され、国内外の人材開発業務を担当(主に新人、若手、海外スタッフ向け)。製造や開発の現場はわからないことだらけ。自身の「何もわからない」が「わかった!」になるまでの過程を記録して、コンセプトから細部、ツールの設計に活かすことが得意。

経営者や現場にインタビューを重ねて思いを言語化しつつ、受講者の期待を汲みながら、​目的に対して意味のある形で提案。研修講師、ワークショップファシリテーターとして多数登壇。

中国・ベトナム・フィリピンの工場メンバー、タイ・香港の販社メンバー、日本人出向者からなるチームで、海外研修立ち上げ経験あり。​社内外で評価され、日経新聞、人事専門誌にも掲載実績あり。

社内報用記事作成(年数回)、​部内用メルマガ(2年間/週2)、ブログ配信(半年間/月1)。

26 結婚式をDIY
コンセプトづくりに始まり、音楽隊やバスの手配まで、自分たちで意味を確認しながら手づくり。ディレクション、取引先探し、web、パンフレットデザイン、材料調達、装飾・小物の制作を担当。夫は写真、web、計算系、布裁断系、印刷、運搬担当。

29-30

商品企画へ異動。コンテンツビジネス企画担当。制作したYouTube動画が120,000viewを突破(他動画の平均:2,000~3,000)。エンジニアやデザイナーと協働するうちに、私も自分の領域を深めたいと考えるように。ウェブサイトをつくり、ブランディングデザインの会社に直談判して転職。表面的になりやすいデザインに、コンセプトの言語化(川上の工程)と伝わる表現(川下の工程)で寄与。

ディレクターとしては、インタビューや現場視察での「クライアントが使う言葉」を手がかりに、これまで見てきたもの、今見ているもの、今後見ていきたいものを一緒に見させていただき、コンセプトと全体設計に落とし込み、チームに展開。編集・ライターとしては、コーポレートスローガン、ネーミング、リーフレットやウェブページのキャッチコピー、説明文章などを制作。クライアントからの好評を獲得。

オウンドメディアの運営では、編集長兼ライターとして、企画立案、写真の撮影ディレクション、取材、ライティング、SNS活用を担当。検索順位1位、25,000PVの記事を複数制作。

組織の中にいたこの期の収穫は、自分の言語感覚が仕事につながるとわかったこと。得意なことは、目的の明確化、観察、インタビュー、「?」から「!」へのメタ思考、構造の解体と再構成、戦略設計、可視化、言語化、インストラクショナルデザイン、ファシリテーション、仮説検証のためのデータ分析、英訳、作文。

 

TODAY

現在

2018年は、システムの中で考えたことの整理、探求、アンラーニングと、積ん読の山登り。WordPress、inkscape、写真の勉強も兼ねて、自分のメディアを構築。
2019年は、「読む」と「問う」を深めているところ。

 

 

自己紹介

1987年生まれ。

文学部 人文社会学科 英米文学専攻卒。
メーカーの人事部で、国内外の人材開発業務を6年。
事業部でのオンラインコンテンツ開発を経て、ブランディングデザインの会社に転職。
経営層の考えやデザインコンセプトの言語化、ディレクション、編集、各種ライティングを担当。

言語表現に心を奪われることが多いから、よく「言葉が好きなんだね」と言われる。
何をしても言葉に行き着くだけのことで、言葉にならないものは好きだし、言語の限界や記号化のつまらなさにはうんざりしている。
考えることや書くことに熱中すると、胃がきりきりして頭が痛くなる。
それでも、言葉を媒介に新しい世界を垣間見れたとき、人の見ている景色に触れたとき、「これはこうとしか言えない」ものができたときにはエネルギーが満ちる。
やれやれ仕方ないなと思うのは、言葉が好きということなんだろうか。

つくってきたもの、できることの記録はこちら: MY LIFE WITH WORDS

 

 

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