風呂の蛇

照明、追い焚き、換気扇を消して風呂に入ることがある。しばらく湯に浸かり、青い壁を見ていたら、水道の銀色の蛇口の先で、水滴が蛇のようにすっと流れた。暗くて静かなところ、静止画と思っていた視界にいきなり動画が現れて、びくりとした。

 

シャワーからぬるま湯を出す。頭と手を動かして髪を洗う。泡をふくらませて体を洗う。先ほどと打って変わってせわしない動画。今度は何も見ていない。もう蛇口のことしか考えられない。なんで蛇?

 

風呂上がり、化粧水の代わりに辞書へ直行した。英語とドイツ語には雄鶏がいた。オランダ語とロシア語には鶴がいて、フランス語とイタリア語には羊が、アジアには龍がいた!スペイン語には、ライオンと鷲の怪物がいた!

 

アルキメデスを追いかけて、風呂の外で至るユーレカ。おもしろくてにやける。そろそろ服を着よう。

 

 

<参考>

各国の「蛇口」を表す言葉。電子辞書 XD-Z9800 内蔵辞書より。

英語:tap、 faucet はいずれも「樽の栓」、cock、stopcock、turncock は「雄鶏」を語義に含む。
ドイツ語:Wasserhahn。wasser = water、hahn = cock。

オランダ語:kraan。crane(鶴)の意味。日本語「カラン」は浴場などの大型の蛇口で、オランダ語から。
ロシア語:кран。読み方は 「クラーン」。オランダ語から来ていて、意味も同じ。

フランス語:robinet の robin が羊。羊の頭の意。
イタリア語:rubinetto。フランス語と同じ。

繁体字中国語(香港、台湾、マカオ):水龍頭。龍や蛇は水神。
簡体字中国語(中国本土、シンガポール):水龙头。龙が龍、头が頭。

スペイン語:grifo。Gryps、ギリシャ神話に出てくる、鷲の頭と翼、ライオンの胴をもつ怪物グリュプスから。

 

 

芝生をつくる物語

作家のオースティン・クレオンさんが、自分のドメインでブログを始めることを、芝生に例えている。

 

The beauty of owning your turf is that you can do whatever you want with it.
自分の芝生をもつ。やりたいことを何でもできるのが魅力。

It feels good to reclaim my turf. It feels good to have a spot to think out loud in public where people aren’t spitting and shitting all over the place.
土地を開拓して芝にするのは気分がいい。人目を気にせずに、独り言を言える場所があるって気持ちいい。そこには、いたるところで唾を吐いたり、汚したりするような人がいないんだ。

 

私もこの春、自分のドメインを手に入れて、芝生を育て始めた。

システムは、 “CODE IS POETRY”(コードは詩)と言っているWordPressにした。はてなの「書き残そう、あなたの人生の物語」よりも好き。名前の由来もいい。バージョンのコードネームをジャズミュージシャンにちなんでいるのも、BGMが流れているよう。Amebaは電車の中、noteはシェアハウスにいるみたいでやめた。

WordPress のテーマ(デザインテンプレート)は、セルビアの大手テーマプロバイダ、Themes Kingdomから輸入した。 “Themes Kingdom is a small group of dedicated Knights working hard around the table and the clock to make awesome WordPress themes”、すばらしいテーマをつくるために、献身的な騎士たちがテーブルを囲んで休みなく働いてくれている。創業者はメンバーを “Knights of the Round Table”(円卓の騎士:アーサー王物語に登場する騎士たち)、顧客を “Lords and Ladies of the Castle”(城主の紳士淑女のみなさま)と呼ぶ。トラブルの対応時、「騎士が対応中」との知らせが出る。運用にはマニュアルがあるものの、英語だし専門外だしで暗号みたいだった。淑女の名に恥じぬようがんばった。

表札は、フリー素材とフリーソフトでつくった。有志の人々のチュートリアルが心強い。うっかり自分がグラフィックデザイナーに思えた。とはいえ曲線は描けず、直線を駆使した。背伸びはしない。

一角に本棚を置くことにした。アップデートや翻訳の文章がおもしろいTumblrを使う。Otlet’s Shelfという本棚用のテーマは、Amazon.comとの兼用がすばらしく、ボタン一つでAmazonから本の情報と画像を引っ張ってきてくれる。残念ながら Amazon.co.jpには対応していない。すでに開発も終了している。.comのように .co.jpでも使いたかったので、時間をかけて試行錯誤した。1箇所変更して、結果を見て、もとに戻してまた別の場所を変更して、を繰り返し、ようやく何をすべきか解明した。うっかり自分がエンジニアに思えた。

ユーモラスな人たちの手を借りて、私も自分の芝生をつくる。寝転んだり、本を読んだり、手入れをしたりしていると、たまたま通りかかった人に会う。芝生がいい感じ、と定期的に訪れてくれる人もいる。まず自分のための芝生で、好きなことをやりたくて、評価云々もそっちのけなのだが、芝生を介して人と接点を持てることがあるのは嬉しい。ものづくりは、物語づくりだ。

それにしても今日も暑いですね。あ、よかったら一緒にレモネードいかがですか。日陰のほうへどうぞ。

 

 

<参考>

Austin Kleon 氏の著書、 SHOW YOUR WORK(P. 69)
https://austinkleon.com/show-your-work/

A few notes on daily blogging
https://austinkleon.com/2017/11/20/a-few-notes-on-daily-blogging/

WordPress の名前の由来
Besides the technical terminology of WordPress, it is also interesting to know the history of the name, WordPress. The name “WordPress” was originally coined by Christine Tremoulet (see related post) in response to developer Matthew Mullenweg’s desire to associate his new software project with printing presses. In this sense, press refers to the world of reporters, journalists, columnists, and photographers. An aptly chosen name, because WordPress serves as the printing press that enables its users to publish their words.
https://codex.wordpress.org/WordPress_Semantics

WordPress のバージョンとコードネーム
https://ja.wikipedia.org/wiki/WordPress

Themes Kingdomの創業者、Sinisa Komlenic 氏のプロフィール
https://rs.linkedin.com/in/sinisakomlenic

 

 

バラ色のウソをつきなさい

ある小説家がある作品の冒頭で「どうせつくならバラ色のウソがいい」と書いています。真っ赤なウソでもなく、バラ色の夢でもない、バラ色のウソとはどのようなウソのことだと思いますか。よく考えて、あなたなりに、これは!と思う「バラ色のウソ」をついてみましょう。

 

母校の大学、文学部の入試で過去に出された問題である。

 

今の名前は違うが、当時は「総合考査」と「調書課題」と呼ばれる2種類の問題が出されていた。総合考査は計3問。A4サイズ、8ページ、2段組みの文章を読んで、2つの設問にそれぞれ300字以内で答える。加えて、課題文の指定部分を外国語に訳す。調書課題では、与えられたテーマで400字以内の文章を書く。

 

総合考査は、入試の現代文と小論文を合わせたもので、哲学、倫理、社会、文化などから出題される。硬くて緻密でガチガチの論理の世界を歩き抜いたあと、持ち帰ったエッセンスを再び論理的に構成しないといけない。

 

一方、調書課題は論理性に加えて、感性も見られていると思う。強烈だったのは前述の「バラ色のウソ」だが、他にも「架空の本の書評を書きなさい」、「いのちよりも大切なものがあると思いますか」などがあった。私が受けた年は、「見ることや聞くことが優位な現代社会において、『におい』や『かおり』が果たす役割はどのようなものだと思いますか」だった。

 

私は何かを書くとき、つくるとき、時間の8割をメモに費やす。単語を羅列したり、つないだり、まとめたり、連想したり、消したり、書きなおしたり、図を入れたりして、とにかく散らかす。この時点では文章にしない。文章にすると、どう見せるか、どう構成するかにとらわれて、批判的になり、狭くなる。車をぶっ飛ばすケルアックの『オン・ザ・ロード』よろしく、「いいね!いいね!いいね!!」とスピードを上げて突き進む。次の1割で、出てきたものを放っておいたり、ぼけーっと眺めたりする。最後に、残りの1割で整理整頓する。紙いっぱいに書きなぐった雑多な絵の上で、迷路の入口と出口をつなぐように線を引き、それ以外を消し、よそいきに仕立てる。

 

この、幼い頃からの実験で得た「書きかた」「つくりかた」を眼鏡にして、世界を見ることがある。学校を出て、ビジネスの現場に行くに従って大きくなっていく、「論理的思考力が重要」の声。企業研修のコンテンツとしては人気だったが、私は内心「重要とはいえ1割だ」と自分の企画では扱わなかった。何を材料にするか選ぶことなしには整理整頓しようがない。かといって、感性だけというのも違う。どっちも必要だ。

 

過去問を取り寄せたとき、「この大学はたぶん、入試の設計を通して、『感性と論理、どちらも大切です』と言っている」と思った。のちに指導教授から「傾向は出題者によって変わるよ」と教えてもらった。確かに近年の問題は奇天烈さが薄まっているのだが、あの時期、出願から入試、入学、卒業を通して、大学や学部の在りかたに私が大きく励まされたのは事実だ。

 

バラ色のウソ。今なら何を書くか。

 

 

パターソン席

市バスの運転席の反対側、いちばん前、他よりも高い位置にある座席を、「パターソン席」と呼んでいる。

ジム・ジャームッシュの映画、「パターソン」。
主人公のパターソンはバス運転手。
毎日の生活や目に映る景色、出会う人々からインスピレーションを受けて、こつこつと詩を書いている。
奥さんは出版を勧めるけれど、彼は乗り気じゃない。

バスを走らせるいつもの道を、出来たての詩で彩るシーン。
バスに乗って思い出した。
奇しくも、アメリカは左ハンドル。
気分はパターソンだ。

夕方、買いもの帰り。
白い手袋をはめた運転手。
足をゆったりと伸ばし、くつろぐように座っている。
ハンドルをふわっと持つ。
撫でるように回す。
ペダルをじわっと踏む。
やわらかさを保ったまま、ボタンを押して、ドアを開き、閉める。
ICカードをチャージしたいという人に、期待を裏切らないゆっくりとした声で、指差しつきの説明をした。
終始ピアノを弾くように、つつつと指先の余韻が残った。

降りる前に、足もとのノートを探した。
パターソンみたいに、詩を書きとめているんじゃないかと思ったのだ。

 

 

Flamboyantly 自信をもって、大胆に

いつも大切なことを教え、気づかせ、思い出させてくれる友人へ。文章は本来、誰か一人に届けば、あるいは過去や未来の自分に届けば充分だとあらためて思った。燦燦と進むんだ。

 

 

flamboyant

(of a person or their behaviour) tending to attract attention because of their exuberance, confidence, and stylishness.

人や態度が、あふれるエネルギー、自信、かっこよさゆえに目をひくこと

ORIGIN: mid 19 cent.: from French, literally ‘flaming, blazing’, present participle of flamboyer, from flambe ‘a flame’.

フランス語 flambe「炎」や flamboyer「燃えるように輝く」に由来する

 

 

ページをめくると、‘Do it flamboyantly’ とあった。音で、フランス語由来だと当てた。飾り気のない ‘Do it’ に、‘flamboyantly’ が紅をさす。美しい炎。気がつけば、コーヒーを飲みほすまで見とれていた。慌てて支度を始める。

 

昔から、比喩表現が好きだった。直訳と実際の意味に飛躍があるといい。たとえば ‘have butterflies in one’s stomach’(お腹の中で蝶が羽ばたいている)は、「そわそわして落ち着かない」の意味。辞書で見つけた時、たちまち蝶が現れて、私のお腹に入り込み、鼓動を急かした。あるイメージに魅了されると、保温マグさながら、昼夜興奮が冷めない。

 

同期入社のみきは、見るからに血のめぐりがいい。止まっているより、動いている。風を切って走る。軽快、快活、活発。彼女だけ、重力のかかり具合が弱いのかもしれない。英語が堪能。留学経験あり。見ている世界が広く、考え方まで筋肉質。

 

会社で働くとは、言葉を覚えて使えるようになること。会社員として言葉を覚え、使い方に慣れ、何を口にして、口にすべきでないかを知った。説明と説得の腕を磨いた。消化されやすいように噛み砕いた言葉を、よどみなく饒舌に発するたび、言葉と体が私のものではないように感じて、黙りたくなった。

 

彼女は海外向きで、私はそもそも組織向きではないと、私たちは早い時期に気づいていた。もしかしたら、新しいものをつかめるかもしれない。期待とは裏腹に、仕事に精を出すほど、社内のキャリアに限界を感じた。手持ちの言葉を組み替えて、解を見つけようとした。別々の部署で、同じような悩みを抱え、似たような逃げに走ろうとした。いつも踏みとどまった。外に出るのが怖かった。互いが互いの中に、自分を見ていた。相手の後押しもできず、くすぶっていた。

 

入社して6年。ひょんなきっかけで、私が先に出た。もっと言葉を探究しようと決めた。それから2年、彼女も出て、海外で働くと決めた。

 

セーターが似合う季節。編み目に太陽を透かした、彼女を見送る日。出かけに見つけた、‘flamboyantly’  の話をした。組織を出たら、好きだった感覚が戻ってきたんだよと。彼女は、単語を繰り返し発音して、「ああ」と言った。やわらかくほほえんで、「じゅんこらしいね」と続けた。

 

「ねえ、‘flamboyantly’ にがんばろうよ」

「それはいいね」

 

別れるまでの道で、初めてツーショット写真を撮った。初めて化粧品の話題で盛り上がった。ツヤの出る、化粧下地の話。日に焼けた、化粧っ気のない彼女の頬を見ながら、内心、わざわざ仕込まなくても人は光を放つと思っていた。ふたりで「女友だちって感じだね」と笑った。

 

私たちをがんじがらめにする言葉、体裁を繕う言葉、嘘、理不尽な言葉、偉い人たちの言葉、キーワード、キラーセンテンス、若者だから、女性だからと押しつけられたアドバイス、コピーアンドペーストでむやみに増殖していく流行り言葉、機嫌をとるための言葉。評価、褒められた時の言葉、寄りかかっていた言葉。そんな言葉でいっぱいの、用語集代わりに使ってきたノートを、たき火に薪をくべるように、ゆっくりと破って燃やした。

 

新しいノートに ‘flamboyantly’ と書いて、私たちは歩き始めた。燦燦と進むのだ。

 

 

協力

絵 ふない ななこ

写真 Y

 

 

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