スタートレック お近づきプログラム

スタートレックおたくの夫と、その熱量に引き気味の妻。8年の壁を越える、愛と勇気と成長の記録。2018年夏の自由研究。

 

夫と出会って8年、結婚して5年目になった。彼はとてもスタートレックが好きだ。中でも「新スタートレック」というシリーズのメインキャラクター、ピカード艦長が大好きだ。ピカード艦長がアールグレイティーを飲むので、彼も毎朝アールグレイティーを飲む。

ちょっとした会話の中で、格言めいたものが必要な場合、スタートレックの台詞を引用する。私は「よく覚えてるなあ」と思いながら、話題を変えようとする。スタートレックがこの世に存在するのがうれしいのか、台詞を言えて悦に入っているのか何なのか、彼は話を変えられても楽しそうなままである。

私は食わず嫌いだ。SFって難しそうなのだ。宇宙に技術にエイリアン。それに長そうだ。彼の部屋の棚の上、ドラマのBlu-rayボックスを見るたびに、こんなに観れないよと目をそらす。

そんな中、もうすぐ出会って9年目という時に、「500ページの夢の束」という映画が公開されるのを知った。スタートレック好きの女の子の話だ。予告を観て、いいタイミングだと思った。いっしょに観に行くのを目標にして、スタートレックの勉強をしよう。親しみをもって近づいてみよう。スタートレック好きの男の子に近づいてみよう。自分に研修をつくるみたいに、「スタートレックお近づきプログラム」を組んだ(最初は8だけ決めていて、手探りで進めた)。

 

スタートレックお近づきプログラム
1  刺繍する
2 映画を観る
3 本を読む
4 バルカンあいさつを練習する
5 iPhoneを活用する
6 クリンゴン語を学ぶ
7 ドラマを観る
8 「500ページの夢の束」を観る

 

1 刺繍する
まずは、自分の関心のある領域から始める。

クロスステッチのクッション
イタリアのCloudsfactoryから、スタートレックのクッションカバーの図案データを買った。昔は、刺繍でアルファベットを覚えた時代があったらしい。現代は刺繍でスタートレックを覚えるのだ。各モチーフの意味はわからないが、50cm×50cmの大物、何日も刺していると、次第に愛着がわいてくる。アメリカのドラマ、イタリアの図案。日本で刺しながら、「多くの人に愛されている作品なんだなあ」と思いを馳せた(そしてよく刺し間違えた)。

トートバッグ
ちょうど、キャンバス製のバッグが欲しいと言われていた。会社の拠点間、PCを入れて持ち歩く用。市販のは生地が薄いとか、値段が高いとかで渋っていた。中にポケットが欲しいとも。そこで、ピカード艦長の決め台詞を刺繍したトートバッグをつくることにした。 “MAKE IT SO!” は、「発進」とか「そうしてくれ」といった訳で、ピカード艦長が策を進めるときに使う。11号の黒いキャンバス地に製図。スタートレックフォントをインターネットで手に入れてプリントアウト。トレースし、白のサテンステッチで塗りつぶした。バッグ全体は、布の二枚合わせで頑丈にした。

作品でよく流れるらしい名言も、内ポケットに刺繍した。「ピカード艦長の部下として、新しい技術開発に挑むエンジニア」のためのバッグができあがった。仕事で判断に迷ったとき、自信がもてないときは、ピカード艦長ならなんて言うかを考えるといい(クッション同様、制作時点でピカード艦長がどんな人だか知らないのだが)。

Space: the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise. Its continuing mission: to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no one has gone before.
(宇宙、そこは最後のフロンティア。これはUSSエンタープライズが、任務を続行して、新世界を探索し、新しい生命と文明を求めて、人類未踏の地に航海した物語である)

 

2 映画を観る
いい具合に親しみを感じてから、いよいよ作品を観る。数シーズンのドラマが、数シリーズある。映画は数本だが、全部見るには長すぎる。そこで、夫に「厳選!観るべきリスト」を依頼した。リクエストと返信は次のとおり:

リクエスト
・初心者でもついていける
・主要キャラクターとおぼしきカーク船長とスポックの関係を知ることができる
・夫が好きなピカード艦長のことを知ることができる
・スタートレックの世界観や思想のポイントをおさえられる

厳選!観るべきリスト
・スタートレック:ディスカバリー
・スタートレックII カーンの逆襲
・スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!
・スタートレックIV 故郷への長い道
・スタートレックVI 未知の世界
・ジェネレーションズ
・ファーストコンタクト

 

リストをもらってもなお、「本当におもしろいのか……?」と訝しんでいた人の感想:

・スタートレック:ディスカバリー(Netflix配信ドラマ:映画を観る準備用)
3話分を一気に見てから夫の部屋へ行き、「たいへん申し訳ございませんでした」と謝った。彼がふふんとドヤ顔で偉そうにふるまうのを許した。「なにこれ、こんなにおもしろいなら早く観ればよかった」という感じ。スタートレックデビューに最適。脚本すげええ。映像かっこいい。エイリアン=没個性的な着ぐるみかと思いきや、各俳優の目や体を活かしたデザインが施されていた。地球人も、エイリアンも、個性や感情を表現する時間が充てられている。技術用語も、「仕組みはよくわからんけど、なんか動力なんだろうな」くらいにとらえておけば気が重くない。夫が技術の話をし始めて、私が「へー」と受け流すのは、よくある夕食の光景だ。技術そのものではなく、困難を乗り越えられてうれしかったとか興奮したとかの、彼の気持ちのほうを追うようにしている。それと同じで、クルーが難しい言葉で延々と話していても、「要するに出発だ」ととらえ、ハラハラし始めるクルーの気持ちに共感できれば、話は十分追えるのだ。8年の訓練の成果がここで発揮されるなんて。

 

映画は、そもそもドラマを観てない人も楽しめるようにつくられている。その中でも、特にこれは!という作品をピックアップしてもらった。

・スタートレックII カーンの逆襲
カーク船長とスポックの関係を知るには見逃せない作品。作品が作られたのは、カーン1982年、ディスカバリー2017年なのだが、時代設定的にはディスカバリー2256年、カーン2285年と、ディスカバリーのほうが先である。ディスカバリーの次にカーンを観ると、技術的なギャップを楽しめる。宇宙船や各種技術が、30年で超劣化している!!ドラマ「SPEC」を観たあとに「水戸黄門」を観て、30年しか経ってないんですよと言われるような感覚。

・スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!
引き続き、カーク×スポックを知るには必要な作品。スポックを演じるレナード・ニモイが監督。他にも、のちの作品で監督を担う俳優が複数いて、多才さを知った。

・スタートレックIV 故郷への長い道
諸事情で、クルーたちが23世紀の宇宙から20世紀の地球に行く話。コメディタッチで笑える。ふり幅が大きい。

・スタートレックVI 未知の世界
映画でいちばん好き。侵略ではなく探索、戦いではなく和平交渉、という宇宙艦隊の思想をよく学ぶことができる。荒々しいだけの印象だったクリンゴン人の見方が変わる。最後の、 “no man” を “no one” に言い換えるところがとてもよい。gender-neutral、race-neutral。

・ジェネレーションズ
カーク船長からピカード艦長へ交代。カーク船長、スポックほどには、ピカード艦長の人柄を知ることができなかった。

・ファーストコンタクト
人類が初めてワープを成功させた日と、一筋縄ではいかない異星人ボーグとの戦い。ボーグは怖いけど美しくて見とれた。

 

3 本を読む


まとめサイトよりも本派。『スタートレック全シリーズ完全ガイド』を100円で入手。キャラクターのおさらい。各民族の特徴、マーク、関係性の学習。映画で観た知識の定着をはかりながら、新しい「へえー」を吸収。観てないシリーズのほうが多くても、映画で足場を固めたことで困惑しなくなった。様々なキャラクターの中でも、初代のスールー、スコッティ、ディスカバリーのバーナム、サルー、スタメッツが特に好きだと感じた。ついに推しメンができたのである。

 

4 バルカンあいさつを練習する
スポックをはじめ、バルカン人はあいさつの時、バルカン式あいさつをおこなう。中指と薬指のあいだを開き、てのひらを見せ合い、 “Live long and prosper(長寿と繁栄を)”と言う。作品の外で、スタートレックの俳優や有名人が、あいさつや記念撮影の場でおこなうこともあり、ファンとしては練習しておくべきである。夫はさすが長年のファン、たいへんスムーズにやれる。私は指を開くのに数秒かかるうえに、指先がぷるぷる震える日々が続いた。

とはいえ人は成長するのだ。夫へのあいさつをバルカン式でやっていたら、うまくできるようになった。顔を洗ったあと、すっぴんで、まゆ毛をつりあげるように整えてからやれば、バルカン度が増す。空いた手で耳を引っ張り、とんがらせるのもよい。

 

5 iPhoneを活用する
Twitterの絵文字にしれーっと、バルカンあいさつの手があった。ファンの人がよく使っているらしい。調べて、iPhoneの辞書に「バルカン」で出せるよう登録し、夫とのLINEで使うよう心がけた。ことあるごとに相手の長寿と繁栄を願うのは気持ちいいものである。しばらくして、そもそも「スポック」と打つと絵文字が出てくることに気がついた。Twitterのみならず、iPhoneにも標準装備だったのだ。無駄に思えるようなところにエネルギーを使えるなんて、なんて知的な仕事をする会社だろう。

ネットサーフィンで手に入れたSiri情報も確認しておいた。 “Beam me up”は「転送してくれ」、 “Energizing”は「転送!」、どちらもよく出てくる言葉である。エンジニアがやたらとソフトウェアアップデートを実行する我が家では、インターネット回線がつながりにくい。私を転送してもらったら、途中で切れて、宇宙で迷子になるだろうな。

 

6 クリンゴン語を学ぶ
戦闘好きなエイリアン、クリンゴン人が使う言葉は、スタートレックオリジナルの言語だ。言語学者が発展させたもので、世界にはクリンゴン話者が一定数いるらしい。Googleでは表示言語で、Bingでは翻訳で、Netflixでは字幕でクリンゴン語を選べる。使用者がいるということは、教育方法があるということだ。調べると、英語での学習限定だが、辞書、文法書、オンライン教材があった。PC・スマホOKの、duolingoで勉強してみた。項目ごとに細かくレベルが分かれていて、公文式みたいだ。

反復練習をしばらくやると、なんとなく、語順と接続詞は判別できるようになった。だが、綴りが難しい。大文字と小文字が区別され、主語と目的語によって動詞が複雑に変化するのも、学習の高い壁だ。例文に、スタートレックのクリンゴン人「ウォーフ」や、「私は私自身を称賛する」「私はあなたを称賛する」「AはBを殺す」「何が欲しい?」といったクリンゴン人らしい内容が出てくるのは楽しい。粗野で、自他ともにクリンゴンを褒め称え、戦っている。

duolingoに音声データはないらしい。YouTubeに「ドイツ出身のクリンゴン語の先生」がいらしたので、少しレッスンを受けてみた。

彼によると、クリンゴン語には “Hello” “Thank you” “Goodbye” にあたるものがない。直接的な物言いをする。あいさつっぽい “nugneH” は、 “What do you want?”、「おまえは何が欲しいんだ?」である。発音も独特だ。戦士っぽいハキハキ感、異星人っぽい不思議な感じ。バルカンあいさつのようにとっつきやすいものを探して、 “Qapla'”を覚えた。読み方は「カプラ」、意味は “Success”。大事な戦いの日の朝に使おうか。

 

7 ドラマを観る
映画だけでは夫の好きなピカード艦長の人柄をあまり知ることができなかったので、追加でドラマリストをつくってもらった。映画は基本的に有事で、何かしら緊急事態、ミッション、戦いが起こるものだが、ドラマはそうでもない。シーズンごとに数十作ある分、宇宙船でのクルーの日常、人柄がゆっくりと描かれている。原題と邦題の違いも興味深い。

・超時空惑星カターン
名作と名高いらしい。敵の攻撃と思いきや、とてもいい話。ピカード艦長の髪の毛が伸びる。

・ギャラクシー・ロマンス
ピカード艦長も恋をする。ひゅー。

・運命の分かれ道
原題 “Tapestry”。人生というタペストリー。若いころから今まで、ピカード艦長に何が起きたのかを追える。

 

8 「500ページの夢の束」を観る
2018年9月7日公開。スタートレックが好きな、自閉症の女の子が主人公。スタートレック脚本コンテストの原稿を書き上げるが、郵送が間に合わず、直接パラマウント社に届けるべく、長い道のりをひとりで旅する。詳しくは書けないが、予習がばっちり効いて、スタートレックを使った比喩で言おうとしていることが理解できた。映画のあと、焼肉を食べながら、夫とスタートレック絡みのシーンや感想について語り合えた。バルカンあいさつもクリンゴンカプラも出てきて、うれしかった。

 

以上が、スタートレックとお近づきになるために私がやったことのすべてだ。食わず嫌いからファンになったからこそ言える。SF用語や膨大な作品数など、スタートレックには「難しそう」「楽しくなさそう」といったバイアスを生んでしまう要素がやっぱりある。映画だけ観ても楽しめると知らなければ、ドラマを全部観ないといけないのかと感じる。いくら横で「おもしろいよ!」と言われても、おもしろそうじゃない。技術用語も、軽く流しても話を追えると体験していなければ、いちいち面食らって止まってしまいそうで面倒くさい。ぱっと見違いがわからない宇宙船の「Dタイプがかっこいいよね」と言われても、心が離れる一方だ。

 

相手が食わず嫌いなら、食べてくれるような工夫が必要だ。自分が食わず嫌いなら、騙されたと思って一度は試してみる勇気が必要だ。今回は、嫌いなニンジンを克服するような感じだった。すりおろして、好きなハンバーグに混ぜ込んで食べてみた。薄く切って、明太子と炒めて食べてみた。みそ汁に入れて食べてみた。酢豚の中のかたまりを、おそるおそる食べてみた。最初は何もかもが嫌いだったのに、「ごま油で炒めるのは好きだけど、バターでソテーするのは嫌い。食べるなら春がいい」なんて言えるようになった。好き嫌いのレベルが変わったのだ。

 

夫婦間で何かを勧めるときに使えるレシピ
・「いっしょに楽しめたら……」をふたりで思い描き、わかりやすい目標を決める。人によっては、「映画を観て、焼肉を食べながら感想を語り合う」のように、食べもの絡みにするとベター。
・大きく見えているものを細分化する。
・相手の興味に寄せて始める。
・一気に提示しない。厳選する。
・相手が自分から協力を要請してきたらチャンス。丁寧に応対する。
・質問にも丁寧に応対する。ただし、相手の疑問が解決した時点で終了すること。希望があるまでは、熱く語りすぎない。初心者は熱量差に敏感。

 

思いのほか、お互い楽しめてよかった。Netflixの無料体験期間が終わり、まんまと本契約した私たちは、2019年春のディスカバリー シーズン2を心待ちにしている。

 

 

 

使ったものや参照元

1 刺繍する
Star Trek pillow sampler
https://cloudsfactory.net/star-trek-pillow-sampler.html
SWANNY コットンカラーキャンバス
http://www.swany.jp/shopdetail/000000009354/
Star Trek Font – Star Trek Font Generator
https://fontmeme.com/star-trek-font/

3 本を読む
Amazon スタートレック全シリーズ完全ガイド (別冊宝島)
https://www.amazon.co.jp/dp/4796641602/

4 バルカンあいさつを練習する
Netflix スポックのために
https://www.netflix.com/

5 iPhoneを活用する
How to Get the Vulcan Salute Emoji on Your iPhone | Time
http://time.com/3817430/iphone-vulcan-salute-emoji/

6 クリンゴン語を学ぶ
Duolingo | Learn Klingon for free
https://www.duolingo.com/
Klingon Course 1: nuqneH & Qapla’
https://www.youtube.com/watch?v=auqS6FR_RDE

7 ドラマを観る
https://www.netflix.com/

8 「500ページの夢の束」を観る
映画「500ページの夢の束」公式サイト
http://500page-yume.com/

 

 

(祝)ぼく自身の歌

ある人の、ある定期イベントの告知をtwitterで見た。
開催場所、日時、イベントの名前、それと内容の説明が少し。

「ふーん」とならなかったのは、

【告知】開催場所 9月17日
(祝)イベントの名前~~
内容の説明~~~~~~~

と表示されていたからだ(よく覚えていないけどこんな感じ。日付は変えた)。
スマホのUIの関係か、「(祝)」の前に改行があり、「定期イベントの開催を自分で祝うのか。やけにめでたい人だな」と思った。

しばらくしてわけがわかった。祝日だ。

誰にも見られていないのに、恥ずかしい。
「見間違える君のほうがおめでたいよ」と努めて言葉を発し、落ち着こうとする。

 

ーーーーー

 

落ち着いた。

何かやるたびに自分で祝うって、すてきじゃない?
たとえそれが、毎日、ルーティーンに関してだとしても。

祝い、祝福で、ホイットマンの詩「ぼく自身の歌」を思い出した。
「自身」のためにうたっているが、個人主義ではない。
他者、国、自然、宇宙と合一していく、拡張していく自己だ。
愛、自由、平等へのたくましい讃歌。

 

ぼくはぼく自身をたたえ、ぼく自身をうたう、
ぼくが身につけるものは、君も身につけるがよい、
ぼくに属するいっさいの原子は同じく君にも属するのだから。

ぼくはぶらつき、魂を招く、
ぼくはのんびりともたれ、ぶらつき、夏草のとんがった葉を見つめる。

ぼくの舌、ぼくの血のあらゆる原子は、この土、この空気からできていて、
この地で親から生をうけ、親もまた、そのまた親も同様に生をうけ、
ぼくはいま37歳、申し分なく健康で、出発する、
死の時まで止むことのないように願いながら。

教義や学派はほうっておき、
そのままでよしとして、ただ記憶にとどめながら、しばらくは引き下がり、
ぼくはとにかくかくまってやる、危険をかえりみず語らせてやる、
本然の活力をもった融通無碍のわが本性に。

 

私が好きなのは、同じ『草の葉』に収められている、「結局、わたしは」だ。

 

結局、わたしは、いまだに子どもみたいなもの、自分の名前の響きが嬉しくて、何度となく繰り返してみるんだから。
他人の気持ちでそれを聴いても ― まったく飽きることがない。

あなたの名前だってそうですよ ―
名前の響きがいつも同じだなんて、思わないでしょうね?

 

自分につけられた音。
呼んで、呼ばれて、響く音楽。
今日も私の音が、あなたの音が、肉体と離れず、同じ宇宙にあることを祝福しよう。

 

 

SONG OF MYSELF.

1

I CELEBRATE myself, and sing myself,
And what I assume you shall assume,
For every atom belonging to me as good belongs to you.

I loafe and invite my soul,
I lean and loafe at my ease observing a spear of summer grass.

My tongue, every atom of my blood, form’d from this soil, this
air,
Born here of parents born here from parents the same, and their
parents the same,
I, now thirty-seven years old in perfect health begin,
Hoping to cease not till death.

Creeds and schools in abeyance,
Retiring back a while sufficed at what they are, but never forgotten,
I harbor for good or bad, I permit to speak at every hazard,
Nature without check with original energy.

 

WHAT AM I AFTER ALL.

WHAT am I after all but a child, pleas’d with the sound of my own
name? repeating it over and over;
I stand apart to hear—it never tires me.

To you your name also;
Did you think there was nothing but two or three pronunciations
in the sound of your name?

 

 

参考文献

亀井俊介・川本晧嗣編『アメリカ名詩選』、岩波書店、1993年。
ウォルト・ホイットマン『おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄)』、光文社、2007年。

The Walt Whitman Archive
https://whitmanarchive.org/published/LG/1891/poems/27
https://whitmanarchive.org/published/LG/1891/poems/224

 

 

差分の肉付け、立ち上がる本

あの日、あの時、あの場所で、君に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま、だったかな。私はどのみち恋に落ちていただろうから、現れるのはもっと早い時間でもよかったよ。

 

寝る前に、ログをつけている。EDiTの、1日1ページのB6ダイアリーに、箇条書きで記していく。その日にやったこと、訪れた場所、食べたもの、買ったもの、体調、良くも悪くも心が動いたこと。淡々とした、気軽なログブック。まれに書かない日もあるが、それは白い日という記録だ。

2018年9月5日、水曜日。いつものように机に向かい、カランダッシュのボールペンをもって書く。初めの黒丸をぐりぐりしている間に、1日のできごとを思い出す。

 

●岸本葉子「エッセイの書き方」を読了。
「エッセイ脳」の改題。
思っていたよりもテクニカル。

●穂村弘のエッセイ。おなかいっぱい。

●筋肉痛がひどい。肩。

●夕食の肉、焼くなら切り身よりもかたまりを。縮んでわびしい。

 

書き終えて読み返すと、なんかおかしい気がした。あ、そうか、と、かぎかっこを二重かぎかっこに改める。

 

●岸本葉子『エッセイの書き方』を読了。
『エッセイ脳』の改題。

 

かぎかっこで本に見えなかったものが、二重かぎかっこで本にしか見えなくなった。いつこのページを開いても、瞬時に本だとわかる。

わかりやすさのための慣習的なルールがあり、習ったのだから、わかりやすいと感じられて当然だ。当然なのだが、一度忘れるまで、肉付けを経てみるまで、私は実感として知らなかった。差分の肉付けで、かっこをふくよかにするだけで、文字の羅列を本だと、わかりやすく認識できるようになる。記号、すごい。おもしろい。

おかげですっかり目が覚めてしまった。そして入りこんでいく、かぎかっこ、クォーテーションマークの世界……。さすが英語のWikipedia、読みごたえたっぷり……。積ん読ならぬ、積んタブが増えていく……。いつ寝るんだ?

 

 

レモンゼリー・カミングス

詩人のカミングスごっこと、「すくう」の話。

 

すくう:手のひらやさじなど、くぼんだ形のものを使って、液状・粉末状のものの表面に近い部分を、えぐるようにして取り出す。また、手のひらやさじなどで、液体の表面に浮いているものやその中にあるものを、下から受けるようにして取り出す。

 

レモン汁に水と砂糖を加えて温める。
ふりかけたゼラチンが溶けて粗熱が取れるまで、待つ。
カップに注ぎ、気泡をすくい、冷やす。

ゼリーをすくう。
表面がスプーンに抵抗する。
力少々を加えて突き刺す。
えぐりとる。

昨日は液体だったもの。
弾力に触れて気づく、「すくう」が内包する痛み。
水、蜂蜜、アイスクリーム、すくうとき、元の場所からの断絶がある。

 

 

「掬う(すくう)」と「救う」は同じ語源をもつらしい。

命を救うとき、たとえば手術室、医者はメスで患者の体を切り開く。
たとえば川、溺れる子の手を大人がつかみ、指が食い込むくらいの強い力で引き戻す。

地球や世界や人の心に「救う」があてられるとき。
救う人が救われる人を助け、存在を丸ごと包みこみ、傷つけないように抱きしめるようなイメージをもっていた。
これ、違うかもしれないな。
温和に見えて、平和に見えて、実は見えない刃物が存在をえぐる瞬間がある。
そのうえそれで救われるものは、ひとすくい、表面や部分に過ぎない。すべてじゃない。

 

 

共感を通り過ぎた先で

共感されないことを、よりどころにしている。

 

繰り返してきたパターン。ありものを口に入れ、咀嚼し、飲みこみ、出てくる感情を注視する。食わず嫌いだったのを反省するくらい嬉しいとか、言葉にできないけど変な感じとか、ひどいアレルギーのような憤りとか。出てきた感情をエネルギーにして、ありものを変えたり、新しくつくったりする。

大勢の人が話す、ありものの言葉。求めていたものと、偶然ぴったりと合うことがある。手っ取り早く飛びついて、信じ、無意識にだまされることもある。いずれにしても、使う人たちは同じ言葉を共有し、共感しあう。そこは心地いいし、安心できるし、自信ももてる。

私も初めはとりあえず、大勢の人が話す、ありものの言葉を使う。使って、違和感をおぼえて、横を通り過ぎることになる。何度も繰り返していれば、使う前から「たぶん違和感を抱くだろう」と先を読めるようになる。それでも一度は体に入れて確かめるのは、通り過ぎた先にあるものが欲しいからだ。

 

上司とうまくいかず会社を辞めようと思ったときも、まずはよく聞く言葉を体に入れた。「やりがいがない」「ロールモデルがいない」「先が見えている」「もっと好きなことをやりたい」「成長したい」「モチベーションが上がらない」とか。しっくりさせようとしてもしなくて、頭の中で論破が進んだ。

・やりがいがない、先が見えてつまらないなら、自分で新しくつくればいい。
・人事の仕事は「昔からやりたかったこと」ではないが(就活するまで知らなかった)、言葉を使って研修をつくる、という意味では、やりたかったことのど真ん中である。興味の対象が「言葉」なので、幸か不幸か、何をしても昔からやりたかったことになる。
・ロールモデルがいないなら、自分がなればいい。
・成長は、何をもって成長か。毎日必死に生きていて、前よりはいい状態だ。というか、若者が典型的に陥るこの状況を、他と違う形で脱するのも成長の手段だ。
・優秀な人ほど、モチベーションの上がり下がりに影響されず、毎日淡々と仕事を仕上げていく。モチベーション論はナンセンス。
・「今の若い世代は、前の世代と違って安定を求めず、挑戦を好む」という言い回しもよく聞くが、仮想敵をつくって仲間意識を高め、自己肯定したいだけだ。これを繰り返しているという意味で、他の世代論と変わらない。
・安定した場所には、保守性もあるが、蓄えてきた設備、技術、知財、人材、キャッシュ、社会的信用もある。使いようだ。挑戦に利用するために、安定した場所を選んだ人は多くいる。

すべて辞める理由にならない。

 

そうして私は、一度体に入れた「辞める理由」「働く理由」を出し、通り過ぎた。逃げようとしていただけだと気づいた。若者をむやみに煽る人たちにいらだった。「共感されないような、自分の切実な理由にいたることができたら、それを信じて辞めることにしよう。どこかで聞いたストーリーや、多くの人に共感されるものは、おそらく “私にとって” 嘘だ。それまではできることをやりつくそう」と決めた。入社理由を思い出し、言葉を更新した。

 

・2009年面接時: 「ひとりでやっていたものづくりを、人と一緒にやりたい」
・2011年: 「自分のものづくりの方法、つまり言葉や意味やイメージを手がかりにものをつくることが、社会で通用するのか、人と協働することができるのか、何が喜ばれ、何が喜ばれないのか、始まりから終わりまでに何が起こり、私が何を感じるのかを仮説検証したい」

 

6年経ってこの仮説検証が終了し、次の目標ができ、次に行くことにした。社会学のフィールドワークのように、ある場所を調査して、終わったから次、というのが、「私の」「20代の」働き方と辞め方だった。

 

大勢の人が話す、ありものの言葉、ストーリー。求めていたものと、偶然ぴったりと合うことがある。手っ取り早く飛びついて、信じ、無意識にだまされることもある。そこを通過して、手にできる言葉もある。共感されること同様に、共感されないことも心のよりどころになるのだ。

 

 

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